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 北方の国、サンジェイラ。  メルティス前王が亡くなり、国王だったミゼール王と王位継承者だったソウル王子が、サンジェイラ国でも辺境の山奥の地に、身分返上の上流され、第二王子だったアサギ王子が国王に戴冠し、つい先日、戴冠式も無事終了した。  同時に、国政の不安定が原因で閉鎖されていたトラキアの学塔の再開も決まった。  国民の不信はまだ厚いが、新たなる国王の導きとそれを傍で支えるユリエ姫という参謀の元、サンジェイラ国は新たなる時代を迎える事になるだろう。 「どうしたローウェン、元気ないな」  サンジェイラ国が良い方向へと向かっているのに、ここ最近暗い顔をしているローウェンにリュセルは話しかける。この年下の同胞は、アサギの戴冠と共に王弟になっていた。  まだ若い玉主玉鍵の為、レオンハルトと共に自国にすぐに戻らずにサンジェイラ滞在を延期していたリュセルである。そんな彼の顔を見上げた赤い着物風ドレス姿のローウェンは、池の鯉にえさをやる手を止めて言った。 「アルがさ……、あれから元気ないんだよね」  仕方がなかったとはいえ、育ての親であるメルティスを裏切った事になるアルティスは、メルティスの死後、人前では平静を装っているが、一人になると暗い表情のままじっと下を俯いている事が多かった。それを知っていたローウェンは、己が半身の心の痛みをどうにかして少しでも和らげる事ができないかと、ずっと考えていたのだった。 「そうか」  リュセルはそう言うと、ローウェンの金糸の髪を撫でてローウェンの横に並んだ。 「アルティスを元気づけたいんだな? お前は」  その優しいまなざしに、ローウェンはコクリと小さく頷く。 「うん」  リュセルは健気な少年の華奢な肩を抱き寄せると、その頭の上に顎を乗せて一緒に考えた。 「そうだな。何か贈り物をしてはどうだ?」  少し考えた後、そう言ったリュセルに対し、ローウェンは目を瞬かせる。 「贈り物?」 「ああ。向こうの世界には、バレンタインという行事があって、その日に好きな人に贈り物をするんだ」 「へ~、そうなんだ。どんなものをあげるの?」  ローウェンの無邪気な問いかけを聞いたリュセルは、バレンタインについての乏しい知識を思い出そうとした。 「チョコレートが主だったな」  バレンタインにチョコレートを贈るというのは、チョコレート会社が商品を売るために考え出したもので、正確なものではないらしいが、まあ、いっかと、リュセルは軽く考えて答える。 「チョコレート? う~ん、アルってば、甘いものは苦手なんだよね。僕は大好きなんだケド……あっ、でも、餡子とかは大好きだよ!」 「あ、餡子?」 「うん。おまんじゅうとか、お団子とか」  し、渋い。  話し方だけではなく、味覚までなかなか古風なアルティスの好みを知り、リュセルは若干顔をひきつらせた。 「そうだ、ぼた餅にしよう!」 「え……、ぼた餅?」  って、確かそれって、向こうの世界で御彼岸の時とかに食べるおはぎと同じものだったか?向こうでは、春に食べるのがぼた餅で秋に食べるのはおはぎと呼ばれていたが、この世界にも同じものがあったのか? 「うん。僕作るよ! ユリエ姉上に作り方教えてもらおうっと」  ウキウキとした様子でユリエに習う前に図書室で予習をしようとはりきるローウェンを見て、リュセルは自分の疑問をとりあえず置いておくことにして微笑みかける。 「そうか、頑張れよ」 「うん。ありがとう、リュセル兄さん!」  先程までの暗い表情はどこへやら、急に晴れやかな顔で手を振って遠ざかって行くローウェンを見送りながら、リュセルは振っていた手を下ろしてボソリと呟いた。 「ぼた餅って……お盆かよ、オイ」  しかし、その突っ込みは、ルンルン気分でスキップするローウェンには届かなかった。 「ばれんたいんか。異世界って、すごい行事があるんだね。創世祭の時は仲が悪かったから、プレゼントなんて出来なかったし、いい考えだよね。アル、喜ぶかなあ」  ワクワクしながら、図書室にある本棚の一画から本を探す。そして、料理本が多数並べられたその棚から何冊か選び出してテーブルに着いた。 「ユリエ姉上はアサギ兄上の補佐についてから忙しそうだから、空いた時間にお願いするしかないよね。材料位はそろえておかなくちゃ」  餡子のぼた餅作成に必要な材料  小豆  もち米  白米  砂糖  塩(少々) 「なんだ、材料少なっ!」  おいしいぼた餅の作り方の料理本に書かれた材料を書き出しながら、ローウェンは一人つっこみをした。
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