小学四年生の夏、初めてのおばあちゃんの家

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 気づいたら、勢いを増した噴水の水に飲み込まれていた。 「ミドリ!」  ゴォンゴオンという音の中に私呼ぶウェンリルと、シャインの声がまぎれている気がする。口からも鼻からも水が入ってきて、ぎゅっと目をつむった。  どうしたらいいの? 息が苦しくなって……  ジタバタと暴れても水は物ともせず、私の体を巻き込んでいく。「わんっ!」とエメの声まで遠くで聞こえた気がする。ぐいっとカバンがひっぱられて、水の中でうっすら目を開ければ、カバンにくくりつけていたラビリとお揃いのお守りが目に入る。水に持っていかれそうで、慌てて手でぎゅっと握りしめた。  暖かい何かが、広がって体を包み込む。  息をしやすくなった気がして、すーはーと深呼吸をすれば水の感触がない。 「あ、れ?」  飛んでいたときのような薄いペールが、私を包んでいてペール越しにウィンリルとシャインが何か声をかけていた。 「わふっ!」  エメが私の足にすりすりと擦り寄ってきて、同じペールの中にエメもいたことにやっと気づく。エメを抱きしめた途端に、涙がぼろぼろと出てきた。 「怖かったぁああああああ」  赤ちゃんみたいだと自分でも思う。それなのに、涙が止まらない。ボタボダこぼれ落ちていく涙が触れて、じわじわと足元のペールが溶けていく。 「ミドリ! 大丈夫?」 「ミドリ、ごめんなさい、私がちゃんと説明しなかったから!」  ペールの隙間から入り込んできたシャインとウィンリルも泣きそうな顔で、私に抱きついてきた。 「ごめんなさい、失敗しちゃったんだよね?」  ウィンリルのために、魔法が使えるってやる気になったのに。これを糧にきちんとラビリと向き合おうと思ったのに! 私は肝心なところで失敗しちゃった、役に立てなかった。  泣きたいのはきっとウィンリルの方だ。期待してた私が、失敗するんだもん。  涙をこらえようと上を見上げた瞬間、まばゆい光が神殿に降り注いで光の球体が私の目の前に降ってきた。 「ありがとう、美里」  そうとだけ言って、散っていく。ウィンリルもシャインも私に抱きついていたのをやめて、私の隣でいつのまにか跪いていた。 「もしかして、成功して、たの?」  神殿の光が落ち着いた頃にやっとウィンリルが立ち上がって、飛びつくように私にもう一度抱きついた。 「ありがとうミドリ! 成功も成功、大成功よ! 水神様も戻ってこられたみたい……!」 「水神さま?」 「そう、私たちの神殿に元々居られたんだけど、色々あって離れてたの。そしたら、私たちの力が弱まって言っちゃって」  次はウィンリルがくすん、ひぐっ、と嗚咽をあげながら泣き始めた。そっと抱きしめてあげれば、私の胸に顔を擦り付けて説明を続けようとする。 「だから、ミドリに助けてもらえれば、ひっぐ」 「詳しいことはいいよウィンリル」 「でも、ぐすっ、ほんとっに、ありが、と」  いつもお母さんが泣いた私を慰める時にしてくれるように、ウィンリルの背中をトントンっと人差し指で優しく撫でる。ウィンリルの涙が止まるまで胸は貸してあげよう。  しばらく泣き続けていたウィンリルのぐすっという声が止まった。 「ミドリ、本当にありがとう」  顔を上げたウィンリルの目は真っ赤に染まっているけど、涙は止まったらしい。 「どういたしまして」  私が妖精さんの街を助けた。その事実に、幸せと頑張ったという気持ちで胸がいっぱいだった。 「私本当にできたんだね……」  言葉にすれば、ますます実感して胸の奥が熱くなる。私にもできた。助けられた。 「ミドリなら大丈夫ってわかってたの。本当に来てくれてよかった」  シャインは何が何やらまだわかっていなさそうな顔だけど、私もウィンリルのやり取りを見てパタパタと羽ばたいている。 「さぁ、もう心配するから送るわ。また、いつか来ることがあったら私たちは歓迎するわ」 「もう?」 「結構時間が経っちゃったし、私が泣いていたせいだけど」  みんなで神殿を出れば、空が夕方の色をしている。ふわふわと浮いて妖精の街を飛べば、妖精さんたちが私に向かって手を振ってくれる。  涙を浮かべてる子たちも何人も目に入って、どれほどこの時を待っていたのかわかるような気がした。 「じゃあミドリ。シャインは預かるわ。また、会いましょう」  おじいちゃんたちがいる泉の近くまで来た時、ウィンリルの声が私の耳に届く。シャインはまた泣き出しそうな顔をして、私に手を振る。 「数日だけど、楽しかったよシャイン! 元気でね」  口にすれば、シャインは堪えていた涙をポロポロとこぼしてウィンリルの後ろに隠れてしまう。私も顔を見ていたらまた泣いてしまいそうだったから、それでいいのかもしれない。 「またね」  それだけ告げれば、体がふわふわと下降して行って……ラビリがいた。 「ラビリ!?」  セーフさんやアドルさんたちまでいる。ラビリが駆け寄って腕を広げてくれるから、私も腕を広げてラビリに落ちる。 「おかえり」  ぎゅっと抱きしめてくれたラビリの体温に安心したら、また涙が出てきた。 「ただいま、ラビリ!」  おじいちゃんとリクラスさんは遠くから見ているだけで、何も言わない。文句を言われるかな、と思っていたのに。 「ミドリが無事でよかった」 「私の魔法でも大丈夫だったよ。助けられた。ちゃんと、力になれた」 「えらいな」 「私、ラビリが好き。ラビリと遠距離になっても続けていきたい。ラビリに胸を張って思いを伝えられるようにって、頑張ったの」 「嬉しいよ」 「だから、ラビリの想いに答えさせて。私も好きだよ、ラビリ」  ぎゅうっと抱きしめる力が強くなって、ちょっとだけ痛くなってきた。セーフさんやドガルさんが、嬉しそうに「きゃー!」なんて言ってる声も聞こえる。 「ミドリと一緒にいられるように俺もこっちで頑張るから。離れてても、想っててくれる?」 「不安になることもあるかもしれないけど、想ってる」 「できるだけ不安にさせないようにはするよ」  そういってラビリがポケットから何かを取り出して、私の目の前で振る。  おじいちゃんのスマホだった。スマホには、あの日交換したカケラを詰めたカゴがキーホルダーのように付けられている。カチャカチャと音を鳴らしながら。 「それ!」 「ラリク様に認めてもらったんだ。もちろん、リクラスにも」 「えっ、私がいない間に?」 「ダンジョン言ってたのは聞いてた、だろう?」  ラビリが話し始めたのを止めたのは、おじいちゃんだった。ラビリの腕の中からひょいっと、持ち上げられておじいちゃんが歩き始める。 「待ってよおじいちゃん!」 「風邪引くぞ、濡れてるだろミドリ」  言われてみれば、服も髪もべちゃべちゃだった。
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