小学四年生の夏、初めてのおばあちゃんの家

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小学四年生の夏、初めてのおばあちゃんの家

 小学四年生の夏休み。出産を控えたお母さんの負担を減らすために、私明月美里(あかつきみどり)は、おばあちゃんの家に預けられることになった。 「みどり、準備終わったー?」  部屋の外からお母さんの声が聞こえて、荷物を詰め込んだリュックを背負って大声で返事をする。 「はーい」 「じゃ、送るから早く降りてきてねー」  リュックの重みを感じながら、服などを詰め込んだボストンバックを持ち上げたら膝から崩れ落ちそうになった。この大荷物を持って、初めておばあちゃんに会いに行く。  わくわくよりも、不安の方が大きくて心臓がちょっぴり痛い。生まれて初めておばあちゃんに会うのだ、しかも、一人で。あ、お母さん曰く生まれた時に一度会ってるらしいけど、私の記憶にはないからカウントしない。    荷物を引きずるように階段を下りると、お母さんが珍しい格好で玄関に立っていた。昔の海外の人みたいな服。可愛いけども。 「何その服」  お母さんに問いかければ、お母さんは何も言わずにうなずく。そして全然関係ない返事をした。 「ごめんね、一人で。お母さんが送ったところまでは、ちゃんとお迎えはきてくれるみたいだから」  私のボストンバックを軽々と持ち上げて、玄関から外に出て行くお母さん。履き慣れたスニーカーを履いてから、お母さんの後を着いていく。  見慣れない車が駐車場に停まっていて、お父さんもすでに乗り込んでいた。 「おーみどり、がんばれよ」 「なにを?」 「初めてなんだろ、母さんのばあちゃんに会うの。悪い人じゃないけどまぁ、ちょっと変わってるから」 「孫には甘いわよさすがに、ね」  お母さん後部座席に座るから、助手席しか空いてない。まぁ助手席の方が特別感があって私は好きだからいいけどさ。  車に乗り込んでシートベルトを締めれば、お父さんがわざわざ確認してくれる。いつもは、そんなことしないのに。 「じゃあいくぞ、酔いそうだったら早めに母さんから薬もらうんだぞ」 「車酔いなんて私したことないじゃん」 「まぁ、そうだけど」  変なお父さんとお母さん。と思いながら、車の前を見つめれば変な渦が巻いている。 「なにあれ?」 「ん?」 「渦! おかしいって!」  慌ててる私と正反対にお母さんもお父さんも「んー」とか「おー」とかのんびりとした声を上げている。きゅるるるるっと渦に吸い込まれるように車が走り出す。さすがに、まだ死にたくないよ!  頭を抱えて下を見つめる。いつもは揺れない車がぐわんぐわんと上にも下にも揺れて、吐きそうになってきた。 「やっぱダメだったか、みどり、これ舐めなさい」  後ろからお母さんが手を差し出してきた。受け取れば、ピンク色の飴。口に放り込めば、あますっぱい味が口に広がって気持ち悪さが落ち着く。  ダメ元で顔を上げれば、虹色の空が目の前に広がっていた。横の窓を見れば、草原が広がっている。よかった、こっちは普通みたいだ。 「なにこれ?」 「あれ、母さん言ってないの?」 「言ったわよ、おばあちゃんの家にって」  目の前を大きなトラみたいな動物が凄い勢いで駆け抜けていったかと思えば、その背中には多分人が乗っていた。見間違いじゃなければ。 「どういうこと?」 「異世界出身なのよ、私たち」 「私たち?」 「父さんも母さんも、別の世界なんだけどな」  私のおじいちゃんおばあちゃんは、どうやら異世界に住んでるってこと? 「え、じゃあ私夏休みの間中、異世界にいるの?」 「そうね、里帰り出産できればよかったんだけど。さすがに出生届とかが面倒だったからね」  よくわからないけど、よくわかった。私の両親はきっとおかしい。でも、現実に異世界に来れてるってことは、きっと私もおかしい。  森の入り口あたりに、お父さんが車を停める。黒々とした森は、お化けが出そうでなんか怖い。 「まさかこの森とは言わないよね」 「まさか、ここは待ち合わせ場所だぞ」 「そっか」  良かったけど、良くない。おばあちゃんの家に行くことは確かに「いいよ」と言ったけど、まさか異世界だなんて思ってなかったし。精々飛行機とか、フェリーとかそう言う類のもので行ける範囲だと思ってたのに。  どうしよう。人見知りなのに私。おばあちゃんとだって初めましてだよ、それなのにこんな遠いところに置いていかれるなんて冗談じゃない。 「私いい子にするから帰っちゃダメ?」 「おじいちゃんもおばあちゃんも、みどりが来るの楽しみにしてるんだから! 大丈夫よ、私の子だもの」  答えになってないよお母さん、とため息を吐きそうになった瞬間。馬の鳴き声が聞こえた。 「あ、リクラス」  リクラス? お母さんの視線の方を見つめれば、緑色の髪をしたキレイな男の人が馬に乗っていた。海外の人みたいな見た目のその人は、馬から降り立つと車に向かってぺこりとお辞儀をする。  待って、そういえば言葉ってどうなってるの? 「リクラスー!」  男の人がお母さんに何かを話かけているけど、聞き取れない。お父さんが私の方を見て、しまったという顔をしていた。 「お父さん?」  お母さんのポーチを漁りながらお父さんがブレスレットを取り出す。 「これを着けておけば言葉が通じるから」  キラキラと輝く宝石みたいなブレスレットを光にかざす。可愛くてこれは好きだけど、さすがにここに置いていかれるのは無理。無理だよ、無理! 「ほら、あいさつしてこい」  お母さんとリクラスが近づいてきて、車から降ろされた私の前に立つ。 「ミドゥリちゃん?」 「あ、ごめんねみどり、こっちの人には発音しづらいみたいなのよ、どって」  そう言う問題じゃない。手をそっと差し伸べられても、どうしていいかわからなくて固まる。 「私は、リクラスです。おばあちゃんの家で働いてる人です。こっちにいる間のお世話係だと思ってくださいね」  ニコリ、と笑った顔に胸がどきんっと鳴る。かっこいい人だけど、だけども! 助けを求めるようにお母さんの方を見れば、お腹が苦しいのかさすってふーふー、言ってる。怖いけど、やっぱりワガママは言えない。 「じゃあリクラスよろしくね、みどりのこと」 「はい、お預かりしますねミドゥリ」 「みどり、良い子にするんだよ。お父さんとお母さんは1ヶ月後に迎えに来るから!」  こくんと頷いてしまったのは、いつもの癖だろうか。「行かないで」はどうしても口にできなかった。
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