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お母さんとお父さんを見送ってから、リクラスさんが乗ってきた馬車に乗せてもらった。馬車は初めてだったけど、車と乗り心地は変わらない気がする。ちょっとバスみたいに揺れるけど。
緊張で眠れなかった昨日の夜を思い出しながら、うつらうつらとする。リクラスさんは優しい目で、私にクッションを差し出してくれた。ありがたくもらって、顔を埋めれば懐かしい香りに眠気がさっきよりも強く……
***
小さい手が私をゆすってる。お母さんの手よりもちょっと小さそうな……
「みどり?」
お母さん、まだ眠いよ、と言いかけてぱちぱち瞬きを繰り返す。目の前には、緑色の髪の毛をしたお姉さんが立っていた。耳がちょっぴり尖ってて、私たちのとは違う。
ファンタジーでよく見るエルフ!?
眠気が一気に飛んでいって、パッと起き上がればその人は軽々と私を抱き上げた。
「みどり、覚えてないと思うけどおばあちゃんよ」
「おばあちゃん、お、ばあちゃん?」
おかしい。なんだったら、お母さんより若くさえ見える。お姉ちゃんよ、と言われた方がしっくりくる。
「おばあちゃんなの、さ、疲れたでしょ。家でゆっくりしましょう」
おばあちゃん、らしい人の手の中は暖かくて、お母さんと同じ匂いがする。から、きっと家族なのは本当なんだろうけど。やっぱり、おばあちゃんには見えない。
キョロキョロと周りを見れば、レンガ調の家、カラフルな外壁。日本とは違う雰囲気に、本当に異世界に来たんだな、と実感して、すぐに家に帰りたい気持ちが湧き上がってくる。
一ヶ月も私ここでちゃんと過ごせるんだろうか。
不安を隠そうように、おばちあちゃんと名乗った人に抱きつく。優しい甘い香りが心地よくて、少しだけ安心した。
おばあちゃんのお家は、赤い屋根の煉瓦調でまるでおもちゃのお家みたいだ。扉についた鈴が開けた瞬間に、カランコロンと鳴る。
「ウォーン」
コロンっとした黒い動物が足元に転がってきたかと思えば、ウォンっと小さく鳴く。犬かと思って、よくよく目を凝らしてみれば、ウォンバットみたいな……なんだろうこの子。
「ウォン、ミドリよ、仲良くしてね」
おばあちゃんが私を抱き抱えたまま、ウォンと呼んだ子の頭を撫でる。やっぱり、ウォンバットだよね。ウォンって名前からして!
「ウォンっ!」
ウォンは、もう一度強く鳴いてからおばあちゃんの腕の中にいる私に、すりすりとすり寄る。撫でてみれば、意外に硬い毛がチクチクと手のひらに軽く触れた。
「ウォンちゃん」
「この子、強いから。どこか出かける時には護衛代わりに連れて行きなさいね」
「えっと」
「大丈夫、優しい子よ」
ウォンちゃんは、硬い毛を私に擦り付けてから、もう一度だけ鳴いて離れていく。すっかりおばあちゃんの腕の中に収まっていたが、久しぶりにこんなに誰かに抱っこしてもらったかもしれない。
おばあちゃんの腕は細いのにがっちりしていて、全然疲れる様子はない。
「あの、おばあちゃん? 歩けます、私」
「久しぶりに会えた孫だから、甘やかしたいのよ。もうちょっとだけ、ここにいなさいな」
おばあちゃんの優しい言葉に、甘えてぎゅっと抱きつく。ずっと抱きしめられたかった。妹ができてから、なかなか甘えられなかった日々を思い出して、勝手に涙が溢れてくる。
「あら、泣き虫ちゃんなの」
おばあちゃんが優しく頬を撫でて、私を抱えたままソファへと近づいていく。赤い手触りのいい布のソファにそっと下ろされて、離れがたくてついしがみつく。
初めて会ったのに、すんなりわがままが出てしまって恥ずかしくなる。
「あらあら、甘えたちゃんね」
おばあちゃんが鼻をツンっとつついたかと思えば、ポットや、コップが飛んでくる。
「みどりも好きだといいんだけど」
そう言って氷の入ったコップに、紫色のジュースを注いでくれる。とぷとぷ、と音を立てて注がれる。「はい」と手渡された、それを飲み込めば甘酸っぱい味が口に広がる。
「おいしいです」
「よかったわ、好きなだけ飲んでね」
頭を優しく撫でてくれて、隣に座る。なんだか、魔女みたいだな、って思ったのが伝わったのかおばあちゃんは隣でごくごくと飲んでいたコップを口から離して笑う。
「そうよ、あなたのおばあちゃん魔女なのよ」
「本当に?」
「本当よ、だからコップも、ポットも浮いていたでしょ?」
「確かに」
ケタケタと楽しそうに笑うおばあちゃんに、つられてふふっと口にする。リクラスさんはちょっぴり呆れた顔をしながら、クッキーを持ってきてくれた。
「ミドゥリのために、ルーラが用意したお菓子だよ」
リクラスさんのミドゥリには慣れそうにないけど、優しそうな人だ。クッキーにそっと手を伸ばそうとすれば、アーンと口に運んでくれる。ザクザクのクッキーは、ほんのり甘くて酸っぱめのジュースにピッタリだ。
「ルーラは、私ね。リクラスの自己紹介は聞いた? この家の色々をやってくれてる人。困ったら頼りなさいね。あと、慣れてきたらおじいちゃんの家にもいってみる?」
「おじいちゃん、いるの?」
「いるわよ、聞いてないの?」
「おばあちゃんの家に行くとしか」
「まったくあの子ったら」
おばあちゃんが立ち上がってぶつぶつ言いながら、分厚い本を本棚から取り出す。皮表紙の博物館とかに飾ってそうな本を乱雑に扱うおばあちゃんにびっくりしながらも、戻ってきたおばあちゃんと本を眺める。
「ほら、今いるところがこれね」
どうやら世界地図らしいそれを、見ても私にはちんぷんかんぷんだった。でも、おばあちゃんが優しく説明してくれるから必死に覚える。
「で、ここから湖を越えて、山の奥におじいちゃんの家があるのよ。あの人薬草の研究してるから、ってあっちの家に住んでるの。私は、お得意様もいるからなかなか、引っ越しちゃうのは無理でね」
「別居中なの?」
「難しい言葉を知ってるのね」
テレビで言ってたから、覚えてしまった。でも、おばあちゃんは誇らしそうにしてくれるから、胸を張ってうなずく。
「そうね、別々に暮らしてるけど。お互い思いあってるし、時々会いに行くのよ」
「うーん、そっか、寂しくないの?」
「ウォンもいるし、リクラスもいるからねぇ。それに、みどりだって会いにきてくれたでしょう」
「うん」
「数日はこの街を観光してみれば良いわ。いろんな人もいるし、面白いものも、食べたことない物だってきっとあるわ」
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