小学四年生の夏、初めてのおばあちゃんの家

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 ご飯を食べ終わったのでフリーカさんと中庭に行く。昨日は全体でしか見ていなかったけど、じいっと枯れかけの花や傷んでる植物がないか探せば少しだけ萎れた花があった。  ピンク色のちょっとしおっとたれる花。 「フリーカさん!」 「ミドリちゃんさっそく見つけたのね」 「使ってみてもいいですか?」  一応確かめれば、フリーカさんはうんうんと大きくうなずく。昨日は来なかったエメもウォンも私の安全を確認するように、花に顔を近づけてふんふんとしている。  危ないものなんてないのに。 「エメもウォンもどいてよ」  エメもウォンもふんふんをやめずに、私の言葉は無視。何かあるのだろうか? エメとウォンがのぞき込んでるあたりに私も顔を突っ込めば、妖精さんが花の上でくたりと倒れていた。 「フリーカさん! 妖精さんが!」  手のひらに乗せてフリーカさんに見えるように持ってきたけど、首を傾げている。 「もしかして、見えない、んですか?」  私にだけ、ただしくは、エメとウォンも見えているけど。見えている妖精さん? 私たちがこんなに騒いでいるのに起き上がる様子はない。 「どうしよう」 「何色の服を着てる?」 「えっと水色の服」 「水の妖精さんだね、水を掛けてあげてごらん」  フリーカさんに言われた通りに、ちょろちょろと出る水をイメージする。手のひらに貯まるくらいの、水、水、お腹が熱くなってきて、魔力を感じ始めた。  この魔力を、手のひらの方に持っていく……!  ちょろちょろと手のひらの上で水が溜まっていく。妖精さんは水に浮かびながらも、起き上がりそうにない。 「ダメみたい……!」 「太陽のイメージもできる?」  水を貯めたまま、と言うことだろうか。さすがにそれは難しそう。 「左手は水を出したまま、右手には太陽が降り注ぐイメージよ!」  フリーカさんに言われて、諦めかけていた気持ちを首を横に振って追い出す。くたっとしてる妖精さんのためにも、できなきゃ困っちゃう。  左手はこのまま。右手は太陽が降り注ぐイメージに変える。  目を閉じて、ぐっと祈りを込める。どれくらい考えていただろうか? 眩しくなってきた気がして目を開ければ、手のひらが光っていた。 「で、できた!」  そう言った瞬間に光がふわっと周りに消えていく。できたことに感動して、イメージを途切れさせてしまった。焦ってもう一度イメージをしようとすれば、フリーカさんの右手が私の肩に触れた。 「へ?」 「手のひらの上を見てごらん」  くたっとしてたはずの妖精さんが立ち上がって、キョロキョロと周りを見渡している。私の魔法成功してたんだ! よかった、と胸を撫で下ろせば、フリーカさんが風で手のひらを乾かしてくれた。  びしょ濡れになっていた妖精さんも少し乾いたみたい。 「今は見えるのは……力が弱っていたのかしら。お話できる?」 「できる」  フリーカさんが妖精さんにたずねれば、小さい声で妖精さんがうなずきながら答える。あの妖精さんの街にいた子たちとは違って大人しい子みたいだ。 「どうして、ここにいたの?」 「風でびゅーんって飛ばされて気づいたら……」 「帰る場所は、わかる?」 「わからない、帰っても私は……」  シクシクと泣き出した妖精さんに、何も言えずにフリーカさんと顔を見合わせた。こっちの世界に来たばかりの私みたいだ。 「帰ったらどうなるの?」 「どうにもならないけど、誰も私を必要としてないから」 「どうして?」 「うまく、魔法を使えないの私。空も飛べないし、水も出せない。できそこないなの」  泣きながらもきちんと私の言葉には答えてくれる。妖精さんの決まりがわからないけど、魔法を使えないとどうにもならないのだろうか。 「だからこんなところまで飛ばされちゃった、もう帰れない」 「じゃあ、違う街に行ってみる?」  そんな提案がするりと口から出たのは、きっとこの世界でたくさんの人たちの愛情を受け取ったから。妖精さん全員が魔法が使えないからって、追い出すような人たちとは限らない。  それに……私が行った妖精さんの街にはいろんな子がいた。遊ぼうと私の周りに駆け寄る子。様子を見ながら木の影に隠れる子。ずっと水に浮かんでいた子。もし、魔法が使えなくたってあそこならきっと受け入れてくれる。  それでもダメだったら。おばあちゃんに頼めばなんとかしてくれる気もする。  自然とおばあちゃんを頼るという選択肢を選べるくらいには、おばあちゃんのことを私は信じてるんだって気づいて楽しくなった。 「あなたがいたところとは違うかもしれないけど、水の妖精さんを知ってるの私」 「でも」 「一度試しに行ってみるだけでいいの。一つのところにずっといてもわからないことってあるの」  あの時の自分に言ってあげたい。知らないところが怖くて、縮こまっていたあの日の私に。新しい世界に踏み出して見れば、知らなかったことを知れる。私を大切に思ってくれる人に出会える。  全員がそうじゃないことはわかっているけど。それでも、諦めてほしくない。言わないでガマンをし続けていた私と被ってしまってそう思った。 「うん」 「フリーカさん、私早く行かなきゃ」 「そうね、すぐには、難しいからラリク様に話してみましょう」 「うん!」  妖精さんを手に乗せたまま、家に戻っておじいちゃんのところまで走る。おじいちゃんは、膝の上に大きな本を乗せてめくっている最中だった。 「おじいちゃん!」 「どうした?」 「私、妖精さんの街に早く行かなきゃ!」 「早く行かなきゃと言われてもな」  焦ってうまく言葉が出てこない私の代わりに、フリーカさんが妖精さんのことを説明する。「ふむ」と呟いてから髭を整える。 「セーフたちがダンジョンに潜ってるんだよな、今」 「いつ帰ってくるの?」 「予定では、明後日だったんだが……どうしたものか」 「ラリク様と私がいれば帰れはしますよね?」  困ってる私たちの間に入ってきたのは、リクラスさんだった。確かに、リクラスさんは一人でここまで来たわけだし。来た時だって特別危ないことはなかった。  何よりウォンもエメもいる。ウォンは、おばあちゃんが頼りにするくらい強いんだから大丈夫なはず。 「おじいちゃん、ダメ?」 「そうは言ってもな、ダンジョンの中にいるセーフたちに伝える手段が」 「私が残って伝えますよ。それに……スマホをあげれば後で連絡も取れますでしょ」  フリーカさんも後押しをしてくれる。おじいちゃんが「わかった」と頷いてくれた。 「明日出発にしよう。ミドリとセーフたちの分のスマホを今から作ってくるからな」
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