小学四年生の夏、初めてのおばあちゃんの家

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 見覚えのある街が目に入る。ウィンリルがふわふわと浮いて近づいて来たのがわかった。 「ミドリ!」 「ウィンリル!」  飛んだままぎゅっと抱きつくように着地をする。エメは着いた途端周りの妖精さんと遊び始めた。私が用事があるのはウィンリルだから、いいんだけど。 「本当に来てくれたのね」 「うん、魔法も使えるようになったから!」  右手から小さい水飛沫を上げれば、ウィンリルは手を叩いて褒めてくれる。 「すごいわ! この短い間に、すごい練習したんでしょう?」  ウィンリルが嬉しそうにパタパタと私の周りを跳ねてから、私の左手の妖精さんに気付いた。ウィンリルの服とまじまじ見比べれば、同じ色に見える。  水色に反射する光。 「まぁっ!」 「あ、あの……」 「初めて出会ったわ……」  ウィンリルが私の周りではなく、私の助けた妖精さんの周りを観察するように飛び回り始めた。困った顔をしながらも、ウィンリルにおずおずと話しかけている。 「あ、ごめんなさい。私はウィンリル、あなたは?」 「名前は……ないです」 「そうなの、どうしてこちらに?」 「えっと」  言いづらそうに私の方をチラチラと見るから、助け舟を出す。私からこの街に来てみたらどう? って誘ったんだし、うん、責任は取ろう。 「この子、行く場所がないみたいで。ウィンリルのところに連れて来たらなんとかなるかなって。住ませてあげられないかなぁって」  勝手なお願いをしてることを実感して、断られたらどうしようが今になって浮かんだ。最悪、おばあちゃんの家に来てもらおう。生活していけるかはわからないけど、おばあちゃんならいい案を出してくれそうだし。 「いいわよ! 名前がないと不便ね……ねぇミドリ、名前を付けてあげられない?」 「わ、私? 私でいいの?」  私が付けることは全く問題ないんだけど、妖精さんの心持ちはどうかわからない。顔を覗き込めば、うんうんっと縦に力強く振っていた。 「えっと……シャイン?」 「シャイン……!」 「え、そんなすぐ決めていいの?」 「だって、ミドリが付けてくれた名前だもん」 「そっか」  そういうものなのかな。シャインがいいなら良いんだけど。  シャインが名前を確かめるように何度も口にする。嬉しかったみたいで、私まで嬉しくなった。  ふわりと透明な光がシャインを包み出して、広がっていく。 「待って、シャインどうしたの?」 「わかんないけど、何か力が溢れるような」 「ミドリが名付けたから、封印が解けたのねぇ」 「封印?」 「え、気付いていなかったの? 魔法も使えなかったんじゃない? この子」  ウィンリルは全てわかってる風な口ぶりで話すから、私とシャインは置いてけぼりだ。シャインを包んでいた光が広がっていき、シャインの服がキラキラと輝いている。 「私も魔法使えるってこと?」 「そうね、使えるわ! だって、私と同じ光と水の妖精だもの」 「光と水の妖精なの?」 「ほら、服だってそうでしょう?」  くるりんっと回るウィンリルを見ても、服がなんだか私にはまだわかっていない。でも、シャインが魔法を使えるのは良いことだと思う。  使えないと思って、落ち込んでいたから…… 「使えるの、私に、魔法が……?」 「そうだって言ってるじゃない」 「本当に?」 「もしかして、シャイン……使えなくて街から追い出されたの……?」  ウィンリルが察したように呟いて、ぎゅっとシャインを抱きしめた。ツーっと頬を涙が伝っていく。 「辛かったわね……。私たちは珍しいから、なかなか理解されないの」 「そのせいで私は街のみんなに嫌われていたの?」 「そうね、でもこの街ではそんな人はいないわ。それに、魔法も使えるようになったし。私が色々教えてあげるから、元気を出して」  ぐすっ、ひぐっと声を上げながらシャインが泣き喚く。寂しかったのも、辛かったのも、私にはなんとなくわかる。私の場合は、私が勝手に思っていただけだけど。 「よかったね、シャイン」 「ありがとう、ミドリ。ミドリのおかげ」 「ううん、シャインがこの街に来るって自分で決めたからだよ」  私はサポートしようとしただけ。選んだのも、決めたのも、シャイン自身だ。だから、私のおかげじゃない。 「ウィンリル、シャインのことはお願いね」 「任せてよ、大切な私の仲間だもの。ミドリ、神殿に今から行ってくれる? シャインもいるなら、ますます助かるわ」 「シャインも?」 「えぇ、だって光と水の妖精だもの。シャインにも手伝ってもらいたいの」 「できることなら、私もやる! だって、ウィンリルとミドリのためになるんでしょう?」  手の甲でぐいっと涙を拭ってシャインが力こぶを作る。任せてと言わんばかりの行動に、ふふっと微笑みが漏れた。 「そうだね、一緒に行こう!」 「使い方は今度教えるとして、私が連れていくわ」  ウィンリルの宣言通り、また薄いペールに包まれて体が浮き出す。あの時と同じだ。私はあそこできちんと魔法を使えるだろうか。  シャインだって一歩を踏み出したんだから、私もやらなくちゃ。そのために来たんだもん。妖精さんの街に、私が自信を持つのを手伝ってもらう。すごい、自分勝手な気もするけど。 「ううん、私たちを助けてくれようとするミドリは優しい人よ」  何も言っていないのに、シャインも、ウィンリルもつぶやいた声が聞こえた。こくん、とうなずいて、魔力をお腹にいっぱい貯めることを想像する。  お腹がジンジンと熱くなってくるのがわかった。  神殿は相変わらず静かで、ウィンリルとシャインがぺたぺた歩く音だけが耳に響く。噴水の前で立ち止まったウィンリルとシャインの後ろに並ぶ。 「シャイン、おまじないなら、わかる?」 「おまじないは、できる!」 「うん、じゃあ、両手を握りしめて。そう。で、あの像に向かっておまじないをして」  ウィンリルがテキパキと、シャインに指導をしていく。私は水を出せば良いのだろうか? 「ミドリは、噴水に向かってできる限りの水を出して欲しいの。光ももう片方の手で使えるようだったら、なお良いわ!」 「大丈夫、じゃあやってみるね」 「うん」  ウィンリルもシャインの横に立って、同じように祈り始める。右手と左手で違う魔法が使えるようには、シャインの時にできたから大丈夫なはず。  ぐるぐると体内で熱くなってる魔力を両手に流していく。水を噴水に……太陽の光も一緒に……!  この街の水が増えますように……  
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