小学四年生の夏、初めてのおばあちゃんの家

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 寝ぼけながら起き上がれば、ウォンがどんっと私の足に頭突きをしてきた。ウォンとも今日が最後か……。ちょっと寂しくなってウォンを抱きしめる。 「ありがとう、ウォン」  守ってくれて。いつも、近くにいてくれて。  そんな私たちの様子を見たエメが腕の間に割り込んできた。 「エメは一緒に帰るんでしょ!」 「わんっ!」  エメも一緒にわしゃわしゃと撫でまわせば、二人とも目を細めて気持ちよさそうな表情をした。 「ミドゥリ、準備は大丈夫ですか?」  リクラスさんが部屋に勝手に入ってくるから、パジャマのまま抱きつく。今日でお別れは正直、かなり寂しい! 起きた瞬間から泣き出しそうだ。 「リクラスさんもいっぱいありがとう」 「またすぐ会えますから」 「そう簡単に来れるの?」 「そうですねぇ、タイヅォさんが送ってくれれば」 「お願いしてみる」 「じゃあ、ごはん用意してるので早く着替えてきてくださいね。ミナコさん、もう少しで着くみたいですよ」  リクラスさんの言葉に、慌てて準備を始める。お母さんがもう迎えに来てくれてるんだ。あれ、でもお母さんたちはどうするんだろう。来た時は、馬車でここまで来たのに。  ワンピースに着替えて、もう一回ウォンとハグをしてから部屋を出る。  朝ごはんは、サンドイッチのようだった。おじいちゃん、おばあちゃん、それにちゃっかりラビリも席についている。 「おはよう」  みんなにあいさつをすれば、笑顔で返ってくるから。じわぁっと涙が浮かんできた。誰かのいる朝って幸せだな。  無言でごはんを食べるラビリに、何か言おうと思ったけど。言葉が浮かばなかった。  ごはんはやっぱりおいしくて、今日でおしまいなのがすごく残念だ。  ごはんを楽しんでるうちに、ガチャリと扉が開く音がして玄関へ顔を向ける。お母さんとお父さんと、妹がそこにはいた。 「お母さん! お父さん!」  食べていたサンドイッチもそのままに、走って飛びつけばお父さんが抱きしめてくれる。久しぶりのお父さんとお母さんで、涙が出てきた。やっぱり、会いたかったんだ。いらない子じゃないってわかっても、寂しくて、会いたかったんだ私。 「みどり、いい顔つきになったな」 「みどり、見て。妹のアオイよ」  お母さんの手の中ですやすや眠るアオイ。ほっぺたがもちもちしていて、ちっちゃい。私の妹……。 「お父さんもお母さんも久しぶり。見て、アオイ」  おじいちゃんおばあちゃんにも、お母さんがアオイを見せてみんな嬉しそうな声を上げていた。お父さんがその間に、そっとラビリに近づいて何がコソコソ話している。 「みどり、帰ろっか」  見せ終わったお母さんが、そう言うから。うなずきたくなくて、ぐっと涙を飲み込んだ。できれば、このまま家族でここにいたい。ううん、それができないことはわかってる、 「うん」  おばあちゃんの家を出れば、私をセーフさんたちも見送りに来てくれていた。 「ミドリちゃん、いつでも連絡ちょうだいね」 「頑張るんだぞ」 「何かあったら、なんでも送ってきてねぇ! ラビリに見せてもらうから」  三人とそれぞれハグをする。ラビリは、相変わらず何も言わない。 「おじいちゃん、おばあちゃんまたね」 「いつでも帰っておいで」  おばあちゃんの言葉で、ここも私の帰れる場所なんだ、って気づいた。嬉しくて大きくうなずく。 「ウォンっ!」  頑張れよ! って言ってる気がする。ウォンの頭を目一杯撫でてから、ぎゅっと抱きしめた。 「ありがとう、守ってくれて」  最後はラビリだけだった。黙って見つめ合う。ラビリからの言葉を待ってるうちに、涙が喉の奥から迫り上がってきた。 「ラビリ、私、不安になる。絶対不安になる。でも、ラビリのことが好きだし、ずっと想ってるから。また会いにくるから」  震えながら声が出てきて、ラビリも泣きそうな顔をしている。 「俺も、連絡するし。会いに行けるようにしてもらうし、ずっと、ずっとミドリの事思ってる」  ぎゅっと抱きしめられて耳元で「好きだ」ともう一度言われた。離れていてもきちんと、想い合える。ラビリなら大丈夫だって、思える。 「私もだよ」  みんなにバイバイをして、馬車に乗り込む。 「またね!」  大きな声で言えば、馬車が動き出した。ラビリが走って追いかけてくれようとしてるのが目に入って、嬉しくなって、悲しくなった。想像だけでもう寂しい。 「楽しかったのね」  そんな私を見てお母さんが、優しく抱きしめてくれる。抱きしめてほしい、って言えなくて、ずっと欲しかったぬくもり。 「楽しかった、みんな、大好き。リクラスさんも好きだよ」 「よかったです、忘れられてるかと思いました」 「リクラスさんは車のところまで送ってくれるんでしょう?」 「もちろんですよ」  リクラスさんが微笑んでくれるから、無理やり笑い返す。 「みどりの話を帰ったらたくさん聞かせて」 「いっぱい話したいことあるの。ラビリのことも、おじいちゃんの街のことも、妖精さんのことも」 「ちゃんと全部聞くわ。私も、お父さんも」  お父さんもお母さんも、うなずいて私の手を握りしめてくれる。 「寂しい思いをさせて、ごめんな。みどり」 「ううん、すごい楽しかったの。寂しくもあったけど」 「今回だけじゃなくて、今までずっとの話よ。みどりが言わないから、私たちは勝手に大丈夫だと思い込んでいたの」  お母さんが真剣に言うから、あの時ぶつけた言葉を思い出した。 「あんなこと言ってごめんなさい」 「みどりは何も悪いこと言ってないよ。俺たちがちゃんとみどりの気持ちを考えれていなかったんだ。今度からはため込まずに、言ってくれるかい?」  お父さんもお母さんも目線を合わせて優しく話してくれる。あの時の寂しさも悲しさもどこかへ吹っ飛んで行った。  車の前について、馬車を降りる。エメは興味津々で車の匂いを嗅いでいた。 「エメ、はいどうぞ」  扉を開けて乗せてあげれば、座席の上ではしゃいでいる。 「リクラスさん、ごはんとってもおいしかったです。また来るので、また、作ってくださいね!」  馬車から降りてきたリクラスさんに抱きついてお願いをすれば、ふわっと持ち上げられた。 「ミドゥリ、楽しかったですよ。次はちゃんと言えるように練習しておきますね、ミドゥリの名前」 「うん!」 「ミナコさん、タイヅォさん、では気をつけて」  リクラスさんがお母さんとお父さんに、お辞儀をして馬車に戻っていく。本当に帰るんだ、私。 「じゃあ帰りましょう。我が家に」 「うん……」 「エメも待ってるわよ」  帰りたくなくて、動かない私を呼ぶようにエメが鳴いた。 「わふっ!」  帰らなきゃいけない。でも、大丈夫。スマホもあるし、また来れるから。  車に乗り込んでエメを抱きしめる。次はいつ来れるんだろうか、そんな思いばかりが胸の中から溢れていた。 <了>
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