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その漢、狂望につき……
銀行前の道路に中古の軽自動車が停車している。チープな車内には漆黒のスーツに身を包む者が2人いた。
「兄貴、本当にやるんすか? 」
ハンドルに手をかけながら助手席の方を見るシンジの目は、怯えた小動物そのものだった。
「心配するなシンジ、今日の為に準備はしてきただろう? 後は、それをぶつけるだけだ」
その言葉を受けたシンジは、静かに口角を上げた。
漢が足元に置いてあるケースに手を伸ばし蓋を開ける。中には2丁の拳銃が入っていた。1丁をシンジに渡し、もう1丁を自身の懐にしまう。
フッと息を吐き、シンジは自分の頬をピシャリと叩く。漢はハットを深く被り呟いた。
「時は来た……」
2人は同時にドアを開けた。
銀行内に似つかわしくない音が響いた。一つは怒号、もう一つは銃声だ。
「これでわかったろ! こちとら遊びじゃねぇ、人生を掛けた大勝負なんだ! 妙な動きせずに言うこと聞きやがれ! 」
転がった薬莢を蹴飛ばし、声を上げるシンジの姿に怯え始めたのは、銀行内にいる職員と利用者だ。入店時の距離的に利用者を優先して人質に取ったのは想定内だったが……。
「ちくしょう、俺が開口一番に強盗だって言ったのに、なんでテメェら大して慌てなかったんだよ! 」
「だってモデルガンだと思ったから……」
「だとしても、もうちょいビビれよな! 」
シンジの嘆きの声は大きかった。彼の取り柄である大声が変な形で反映された。
「世の中がいかに非情かを確認できたなシンジ。日常では私達のことを犯罪者の様に扱う癖に。本気を見せたらこの通り、道端の小石を見る様な目に変わる」
「兄貴……俺」
「いいんだ、この運命を変える為に、我々は今ここにいる」
そう言って漢は掛けているサングラスを整え、膨れた腹を更に膨らませて声を出した。
「紳士淑女の皆様。この様な形でお会いしてしまったこと、誠に申し訳ない。我々とて、その整った顔に風穴を開けたくてここにいるのではないんだ。とりあえず、全員一箇所に集まってくれ」
回転式拳銃を片手に、紳士的な言葉を使う漢。動揺を隠せないまま一同は指示に従い集まった。
「よく聞いて欲しい。我々が欲っしているのは、謂わば欲望の塊だ」
漢は凛々しい声で要望を答えるが、シンジ以外の者は首を傾げる。
「何が欲望の塊だ。キザったらしく言って、欲しいのはお金なんだろう……」
「うっせい! 」
銀行員のボヤキが耳に入ったシンジは、フロントキックをお見舞いした。その衝撃で、クリップで止めてあった銀行員の名札が漢の元に転がる。漢は静かに名札を拾い名前を確認した。
「あぁ、キミはラッキーなんだな……タケル君。長身でイケメンの君にとって、我々の行いは愚考としか捉えられないだろう」
漢の言葉に銀行員のタケルは酷く困惑した。その様を目にしたシンジは俗っぽい笑い声を出す。
「ハッキリ言おう! 私の目的は……淑女の皆さんにある」
快活に言葉を発した漢は、数を数えるように女性達を見渡した。
「素晴らしい、いずれも見目麗しい方々だ。こればかりは計画通り」
「良かったっすね兄貴! よぉ、選ばれたアンタ達も喜んでいいんだぜ」
一喜一憂する2人とは対照的に、女性陣には緊張が走っている。曲がりなりにも彼等は銃を持った強盗。何が起こるか予測できない。
「さぁ、はじめよう。最初で最後の強盗を。心を奪う大強盗を! 」
気合の入った声をキッカケに、シンジは離れた位置で仁王立ち、漢は1人の女性に歩み寄る。
近づいたのは女性陣の中で最も若く、怯えている者だった。このような状況とは全く無縁そうな、淑やかな印象を受ける。
「お嬢さん、どうか怖がらずに、これを受け取って欲しい。くれぐれも自分自身には向けないように」
艶やかな声色で女性に手渡した物は。
「え……銃?! 」
先程まで漢が持っていた回転式拳銃が女性の手に渡った。見た目以上に重く、実弾もしっかりと6発入っている。引き金を引くだけで弾が飛ぶ状態だ。若い女性の目が泳ぐ。
「ルールは簡単。貴方のやる事は、その銃口を此方に向けながら私の問いに対し、イエスかノーで答える。イエスならそのまま銃を下げる。ノーなら……構わず引き金を引く。……よろしいかな? 」
「え……は……えぇ!? 」
女性の困惑はさらに深まった。そんな姿を尻目に漢は心を落ち着ける為に大きく咳払いをし、此方を見守るシンジと目を合わせて頷く。どちらも覚悟を持ったオーラを放っている。
「いざ行かん」
そう言って若い女性に目を向ける。
「お嬢さん、私と——」
「嫌ぁー! 」
女性の叫びと同時に銃口が火を吹いた!
「ぐわぁぁ! 」
悲痛な叫びが室内に響いた。
「フライングだコラァ! 殆ど話してねぇだろうが! 」
「だ、だって、だって——」
「やめろシンジ! 若さ故の過ちを、易々と叱責するんじゃない」
「す、すんません兄貴」
右肩の出血を気にも止めず、漢は女性に向き直る。
「大変失礼した、此方が余りにも早計だった。まずは、貴方の事を教えて貰えないかな? 」
痛みに耐えながら甘い声で女性に質問をする。震える体を抑えながら女性は口を開く。
「コ、コトミって言います。20歳で、大学に通っています」
「そうか大学生か、通りでお若い……私の好みだ。人生において大切な時期に、こんなことに巻き込んでしまい申し訳ない」
「い、いぇ……」
女性の震えが少し収まるのを見ると、呼吸を整えて漢は大きく口を開いた。
「改めて言おう。コトミさん、貴方の青春時代の一部を、この私に捧げてくれ! 」
「嫌ぁー!」
女性の悲鳴と共に銃声が轟く!
「ぬおぁぁ! 」
弾丸の勢いに漢は右側に大きくのけぞった!
「このアマァ! さっきと同じ答えとはどういうことだ! 」
「だって……私、お付き合いしてる人がいて」
「ソイツと兄貴を天秤にかけたらソイツの方が上ってことか? あぁん! 」
「よせシンジ! この恐ろしい状況下で、お淑やかな彼女はこの決断を下したんだ! さぞ愛し合っているのだろう……。此処は私の出る幕ではなかったんだ」
「……くっ!」
シンジは苦虫を噛み潰したような顔で目を閉じる。
「ご、ごめんなさい」
「いいんだ、怖がらせてすまなかった。貴方はその人を愛し続けてくれ」
「……はい」
コトミの手から拳銃を受け取る。銃弾は残り4発だ。荒い息を整えて漢が向き合ったのは、コトミに次いで若いであろう女性だった。少しガサツな感じがするが、それが気にならない程に整った顔をしていた。
「お嬢さん、貴方のことをお伺いしてもよろしいかな? 」
今までと同じように紳士的に漢は質問をする。
「……ユキ、歳は26。職業は、アーティスト」
少し冷ややかな態度を取る彼女とサングラス越しに目が合う。
「名前に恥じない冷たさ。なのに、質問にはしっかりと答えてくれる温かさ。そのギャップ、私の好みだ……」
ユキに拳銃を手渡し、少し服を整えて漢は向き合う。先のコトミと同様、愛の言葉を彼女に叫ぼうとした矢先、ユキが口を開いた。
「あのさ。こういうのって、普通はアンタの方から自己紹介するべきじゃない? まぁ、どうせ強盗なんだから名前は偽名なんだろうけど、年齢とか職業ぐらい言ったら? 」
ユキの言葉に場は凍りついた。
「おい、今の立場わかってんのかこのアーティスト女。芸術家ってのは頭のネジが飛んでて状況も掴めねぇか」
苛立ちながらユキに銃を向けるシンジだが。
「待て、彼女の意見は正しいぞシンジ。……それと、どちらかと言うと頭のネジが飛んでるのは我々の方だ」
「な、そんな、俺らが忌み嫌う正論を兄貴自身が使うなんて……」
たじろぐシンジを流し目に、漢は口を開いた。
「名前は控えさせてもらうが、年齢は35歳。最終学歴中卒。現在無職。貯金もほぼ無し! そんな私でも良いと言うのならどうか——」
「論外」
ユキが冷たく言い放った瞬間漢の右足が弾けた!
「ふがぁぁ! 」
「兄貴ぃ! この冷徹女、最後まで言い切らせてやれよ! 」
「悪いけどさ、アーティストやってると色々金がかかんのよ。それなのに付き合う相手が無職で金無しのオッサンとか、全くメリットないわ。後、単純にキモい」
「て、てめぇ、それを言ったら戦争だろうが! 戦争だろうがぁ! 」
激怒するシンジはユキに銃を向ける。
「停戦するんだシンジ! 戦争に金がいるように、彼女には芸術という名の狂気の世界で戦う為の金がいる。支援金を持たない私には、なんの価値もない。それだけだ」
「ま、そゆこと……」
漢とユキの言葉はシンジを冷戦状態へ落ち着けた。
「すまなかった。キミのアーティスト活動の成功を祈る」
「やれるだけやるよ。いずれアンタ達みたいに、頭のネジが吹っ飛ぶ様な作品ができるかもね」
そう言い残したユキから拳銃を受け取る。装弾数は残り3。
次に漢が対面したのは、今までの2人と比べると年増な女性。だが、美しさは引けを取らない。若い時はさぞ男性から求愛を求められただろうという印象を受ける。銃口を自身の方に向けながら、漢は女性に拳銃を渡す。
「お姉さん、貴方のことをお伺いしても? 」
「まぁお姉さんだなんて、私今年で43よ。名前はサチエ。色々あって今は独り身です。貴方より年上だし、今までの子と比べたら見劣りするんじゃないかしら? 」
「いいえ、そんな事はありません。年齢差など些細な問題。それに、年上は好みだ……。私の愛の言霊を受け取る準備は出来ていますか」
サチエは「ウフフ」と口元を隠しながら笑った。
「それではいきますよ」と漢は身体の右側を引きずりながら女性に向き直る。痛みを噛み締めて腹に力を込めるが「ちょっと待って」というサチエの静止で声を飛ばすのをやめた。
「……何でしょうか? 」
「いやね、今までの行いを見てて、貴方の熱い覚悟は十分に伝わったわ。まぁ、ちょっとタカが外れてはいるけれど、本物の情熱を目の当たりにして感動すら覚えているのが正直なところよ」
「……それは、恐縮です」
サチエの思わぬ賞賛に漢とシンジは目を合わせて笑みを溢す。
「だけどね、さっきも言った通り、私は今年で43なの。何を憂いているか分かる? 」
「……子供……ですか」
漢の答えにサチエはゆっくりと頷いた。
「貴方に信念があるように、私にも貫きたいことがあるの。愛する人と出来る子供。そして、その子が幸せになる未来」
「確かに、今のご年齢では出産のリスクは高いでしょう。しかし! その不安すらも凌駕する気骨を私は持ち合わせているつもりです! 」
漢の啖呵にシンジをはじめ、周りの空気が一瞬だけ熱くなった。だが、肝心のサチエは難色を示す。
「違うのよ、重要なのは貴方の想いじゃなくて、……見た目よ!」
その言葉に漢の口元が一瞬動いた。明らかに痛い所を突かれたという反応だった。
「お願い、私に愛を叫ぶ前に、貴方の本当の姿を見せて頂戴。そのハットとサングラスを取って、上半身の服を脱いで見せて」
「お、おい、アンタ。兄貴を露出狂にする気か? 俺たちゃ狂ってるがそっちの方に狂う気はねぇぞ」
「黙れシンジ! いずれは肉体関係になるというのなら、これはサチエさんに知らせておくべき真実だ」
「兄貴、でも……」
シンジの戸惑いに背を向けて、漢はゆっくりとベールを脱ぐ。
「サチエさん、これが私の……真実の姿だ」
漢の姿、それは醜さそのものだった。肥満体の身体には所々に皮膚炎、顔はブサイクな上に、目が一重なので人相の悪さに磨きがかかる。
そして、頭部は肌色に輝いていた。体に血がついていることで更にインパクトが増している。
「ちなみに、身長は159センチです……」
「そりゃモテないわな」
「やかましい! 」
呟いたタケルに対し、シンジはサイドキックを喰らわす。
「これが現実……現実なのだよ」
逃避する様に天井を見上げる漢。場の空気はどんよりと重く、シンジ以外の者は漢の姿に引いていた。
「大丈夫ですよ兄貴。きっとこの人なら兄貴のことを受け入れてくれます」
シンジの鼓舞に答える様に漢は口を開く。
「サチエさん、こんな醜い私でも貴方は愛してくれますか? 」
漢の懇願の言葉にサチエは小さく笑みを溢し
「ごめんなさい」と引き金を引いた!
「うおぁぁ! 」
漢の体が怯み、腹の弛みが揺れた。
「くそぉ! そんなに見た目が大事なのかよぉ! 」
「生まれてくる子には幸せになって欲しいのよ。その為には大前提で容姿は良くないと」
「だからって天国から地獄に叩き落とすことねぇじゃねぇか! 」
「いいんだ、シンジ。遺伝の重要性というものを、私は理解している。遺伝で受け取れる幸運も。起きてしまう不運もだ。そもそも、髭さえ剃ればいけるかなと思っていた私もバカだった……」
「身だしなみって大切よね。私から一つアドバイスするとしたら、……腋臭もなんとかしないとね」
「兄貴、この人なんだかんだで一番性格悪いかもしれないっすよ」
サチエは鼻を抑えながら銃を差し出し、漢は「どうも」と言ってそれを受け取った。残る弾は2発だ。
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