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生徒たちの事情聴取を行うためにあてがわれた空き教室はひどく埃っぽかった。どのくらい掃除がなされていないのだろう。昔懐かしい木製の机は妙にざらついているし、床の上の埃の塊は、窓から風が吹き込むたびにタンブルウィードよろしくコロコロ転がる。アレルギー性の鼻炎をもつ新堂にとっては地獄のような空間だ。
新堂と三島は、昨夜転落した二人と仲の良かった同級生を、一人ずつこの教室に呼んで事情聴取を行っていた。
「佐藤君だよね」新堂の隣に座る三島は、学校からもらった学生名簿に目を落としながら訊いた。「笹山君とは仲が良かったんだよね?」
「まあ…」二人の向かいに座る青年は小さく顎を引いた。短く刈り込まれた髪の毛と耳に光るピアス、それとこの世代の若者にありがちな無表情で攻撃的な目つき。
「昨日の夕方頃、ビルの近くできみと笹山君を見たという人がいるんだけど、間違いないかな?」三島が訊く。
「まあ…」
「まあ?」三島が眉間にしわを寄せる。「はっきり答えてくれるかな。君は昨日、笹山君とあのビルに行ったのか」
「でもすぐに家に帰りましたよ」
「帰ったのは何時頃?」新堂が訊く。
佐藤は少しの間考えてから、「たしか九時くらい」と答えた。
「ビルにいたのはきみと笹山君の二人だったのかな?」新堂が言う。
「まあ…」
三島の目がぐるりと天井を向き、新堂は苦笑を浮かべた。
「笹山君とどんな話をしたか覚えているかな。彼は何か気になることを言っていなかった?」と新堂。
「べつに」
「べつにかあ…」新堂は困ったように眼鏡を押し上げた。友人が死んだというのに、どうしてこんなにもドライなんだろう。「笹山君と本多君は友人だったのかな?」
しかし本多という名前を聞いたとき、佐藤の無表情な仮面にわずかに亀裂が走ったのを、新堂は見逃さなかった。
佐藤は頭を振った。
「仲が悪かった?」新堂は訊いた。
「半年くらい前に笹山がタイマンで本多に負けたんです。それ以来あいつは本多のことを敵対視していました」
「タイマンの文化ってまだ残ってるんだ」と新堂。「笹山君も本多君もずいぶん血気盛んな若者だったんだねえ。もしかして君もそういうタイプ?」
佐藤は質問には答えずに、うんざりした顔で立ち上がった。「もういいですか」
「じゃあ最後に一つだけ」新堂は佐藤に向かって人差し指を立てた。「どうして本多君はあのビルに行ったんだと思う?」
「…さあ。馬鹿の考えることなんかわかりませんよ」
一瞬だけ佐藤の頬がぴくりと動いたのを、新堂の目がとらえた。
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