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「まあ、べつに、さあ…。ツレが死んだっていうのになんだよ、あの態度。てめえには人の心がないのか」佐藤が出ていった扉を睨みながら三島が言う。苛立ちがピークに達しているのか、先ほどから貧乏ゆすりが止まらないようだ。「新堂さん、あいつ絶対に何か知っていますよ。吐かせなくていいんですか」
「まあまあ、そう怒らずに」新堂は学生名簿を開き、そこに書かれた名前を指でなぞった。三時間近く、約三十人に及んだ事情聴取もようやく終わりを迎える。「次は早川爽汰君か。彼で最後だ」
「ああ、ホームレスが友達の──」
そのとき教室内にノックの音が響き、三島は口をつぐんだ。
細く開いた扉の隙間に身体を滑り込ませるようにして早川爽汰が入ってきた。華奢で色白の、黒縁眼鏡をかけたおとなしそうな青年。両親が弁護士だからか、育ちの良さがにじみ出ている。笹山や佐藤、それとまだ会っていないが本多のような血気盛んな若者とは縁遠そうな雰囲気だ。
「急に呼び出してごめんね。緊張しなくていいから」三島は、椅子の上で小さくなっている早川に優しく微笑みかけた。「早川君だよね」
「…はい」早川は蚊の鳴くような声で答えた。
「ほかの生徒が言っていたよ」三島が言う。「君は本多君が唯一仲良くしていた相手だったって。それと成績トップの早川君と、成績最下位で一匹狼の本多君が仲良くしているのは不思議だ、とも」
実際はそんな遠回しな言い方ではなく、もっとストレートに、“早川は金づるとして、本多に目をつけられていたのではないか”と言っていた。
早川は縮こまったまま何も答えない。
新堂は頭をかいた。佐藤とは違ったタイプのやりづらさだ。すこし緊張をほぐしてあげないと事情聴取はできそうにない。
「二人はよく一緒にいたそうだね。彼とはいつ頃から仲良くしていたのかな」新堂が訊く。
「二年生の半ば頃だったと思います」
「どういうきっかけで?」と新堂。
「英語の授業で、二人一組になってスピーチの発表をするという課題を出されたんです。その時に僕とペアになったのが本多君でした。いろいろ話しているうちに、二人ともバスケを観るのが好きだってことに気がついて…。それから仲良くなりました」
「なるほど、それでか」三島はそう言ったあと、身体をかがめて机の下を覗き込んだ。「君が履いてるその靴、エアジョーダンだよね。俺もそれ買おうか迷ってたんだよ。でも結局悩んでるうちに売り切れちゃってさ。あ、靴ひもはカスタムしてあるんだ」
いいなあ、と羨ましげな声を出す三島につられて、新堂も机の下を覗き込んだ。白地に黒と水色のラインが入った、黒い靴ひものシューズ。たしかにかっこいい。靴に興味のない新堂でも惹かれてしまうほど魅力的なものだった。「これ、いくらぐらいするの?」
「四万円くらい…だよね、早川君?」
「だと思います」
「げっ、僕の靴の十倍以上」
「新堂さんはもうちょっといい靴を履いた方がいいっす」
「余計なお世話だよ」新堂は眼鏡を押し上げて早川の顔を見た。まだ表情はこわばっているが、先ほどよりはいくぶんマシだ。こういうときの三島の明るさはありがたい。「ところで早川君は昨日の夜十一時から深夜一時頃、どこで何をしていたのかな?」
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