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「家で…寝ていたと思います」
「だけど本多君に電話をかけているよね、十一時五十五分に」と新堂。本多のスマートフォンには早川からの着信履歴が残されていたのだ。
「あっ…、そういえば数学の課題の範囲がわからなかったので、本多君に訊きました」
「そのとき本多君は何か言っていなかった?」三島が言う。「どこにいるとか、誰かと一緒にいるとか」
「何も聞いていません」
「だったら昨日の夜、本多君と笹山君があのビルにいた理由も知らないか」
三島がそう言うと、早川はぎくりと身体を硬直させた。彼はそのあとすぐに首を横に振った。しかしその態度は知っていると認めたも同然だった。
また怪しい人間が一人。新堂は背もたれに身体を預け、頭の中の容疑者リストに早川爽汰の名前を書き入れた。
──早川爽汰の友達はホームレス。
ふいに、ある生徒の言葉が新堂の脳裏に蘇った。彼は河川敷にいるホームレスのところに足しげく通っているらしい。真偽のほどは定かではないし、今回の事件と関係があるのかもわからない。しかし職業柄、高校生とホームレスという組み合わせにはあまり良いイメージがないので、どうしても気になってしまう。
「早川君」新堂は彼の顔を覗き込んだ。「きみは河川敷にいるホームレスのところに行っていたそうだね。彼らとはどんな話をしていたのかな」
早川と新堂の視線がぶつかる。彼の瞳には明らかに惧れの色が浮かんでいた。
「…ただの世間話です」
「高校生とホームレスがどんな世間話を?」新堂が訊く。
「普通の話です」
「普通の?」
「だから…」早川は右手で前髪をくしゃくしゃと掻きむしった。「勉強の話とか、友達の話とかそういう」
「友達って本多君のこと?」新堂が訊く。「君がホームレスのところに遊びに行くとき、本多君も一緒にいたのかな」
「本多君は関係ありません!」早川は椅子から勢いよく立ち上がった。彼の座っていた椅子がぐらりと後ろに傾き、大きな音を立てて倒れた。早川は華奢な肩を震わせながら新堂を見た。「本多君は…、僕が…」食いしばった歯の隙間から喘ぐような、かすれた声が漏れた。
静かな教室の中で二人はしばらくの間見つめ合っていた。窓のカーテンが風でひるがえる。校庭で部活動をしている生徒たちの掛け声が教室内に響いた。
早川は苦しそうに息を吐きだすと、頭を振った。「すみません。用事を思い出したので失礼します」
「あ、ちょっと──」三島がその背中に声をかけるが、青年は振り返りもしなかった。
教室の扉がバタンと閉まったのとほぼ同時に、新堂のスマートフォンが鳴った。
『もしもーし、新堂さん?』岸本が間延びした声で言う。『本多君、目を覚ましたみたいですよ』
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