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お嬢様が
百合子は、おじいさまが北欧の母親と日本人の父親のハーフだったので、その血を濃く引き継いだのか、日本人とは思えないような色白で髪の色も薄く、日に透けると蜂蜜色に見える。
顔立ちは目が大きく、薔薇のように赤い唇をもった美しい顔立ちだった。
体型はほっそりとしながらも、丸みを帯びた胴、形良く伸びた手足を持っていた。
家は大富豪という訳ではなかったが、そこそこのお金持ちで、昔から、代々食事を賄うためのお手伝いさんを一人雇っていた。
このお手伝いさんは昔おじいさまが困った時にお世話になった農家の人で、あまり裕福ではなかった。
その為、おじいさまはお礼もかねて、その家で子育ての終った奥さんか、娘さんが家計の足しになるように家で働いてもらう様にしたのだった。
百合子は誰にも言えなかったが、困った事情を抱えていた。
どれだけ食べてもお腹がいっぱいにならないのだ。
それどころか、食べても食べてもおなかが空いているのだ。
しかし、家では賄いのお手伝いさんが、栄養の事も考えて美味しい食事を作ってくれる。量だってたっぷりとある。給食に比べても多めだと思うので少ないと言う事は決してない。
それでも出された分の食事でも食べどうしても足りないと思う時には恥かしいがお代わりをする。
でも、恥かしさを押してお代わりをしてもおなかが空いたという感覚はなくならず、結局食べる前と同じ「おなかが空いた」感覚は消えないのだった。
いつもおなかが空いているので、気を付けていないと給食もみんなよりもとても早く食べ終わってしまう。
一度同じ班の男子に見とがめられて、酷く恥ずかしい思いをしたが、
「百合子さんみたいな人も時にはおなかが空くんだねぇ。」
と、軽い気持ちで受け流してくれたのでその時はすくわれた思いだった。
だが、何故、百合子はいつもおなかが空いてしまうのだろう。
小学校の間は良かったが、身体が大きく成長する中学校に入った頃にその問題は起こった。
百合子の家で、毎夜毎夜、残しておいたご飯がなくなったり、冷蔵庫から食べ物がなくなったりし始めたのだ。
大人たちは百合子が怖がるといけないと思って百合子の耳には入れずに賄いのお手伝いさんにも聞いてみたが、残っている量はきちんと把握しているのに、翌朝になると減っているという。
大人たちは夜見張りをすることにした。
おじいさまは何か思い当たることがある様子だったが、お手伝いさんとボソボソと話し合っていただけで、家の人には教えてくれなかった。
その夜、大人たちは驚くべきものを見た。
百合子が自分の部屋からフラフラと出てきたと思うと、台所に入り、炊飯ジャーに残っていたご飯をしゃもじで直接食べ始めたのだ。普段のお行儀のよい百合子とは別人のようだ。どうやら眠ったまま食べているようにも見える。
さらに冷蔵庫を開け、ハムや野菜など、そのまま食べられるものをバクバクと食べている。
父親が思わず百合子に駆け寄って止めようとした時、おじいさまは父親の手を取って、静かに首を振った。
「食べさせてやってくれ。たぶん百合子はずっと我慢していたはずだ。あの子は昔俺についていたように餓鬼が憑りついているようだ。」
「餓鬼ですって?あの地獄にいる餓鬼地獄の餓鬼ですか?」
父親は驚く。
「そうだ。儂は、幼いころからどんなにたべてもおなかが空いて、家の食べ物を今の百合子の様に無意識にむさぼっていた。その時親に見つかり漁ましいと言われ、家をたたき出されて反省しろと怒られたんだ。でもな、どんなに叱られても我慢できないんだ。
家をたたき出された後、このお手伝いさんの家で儂を見つけてくれてな。
この家の人たちは昔からあやかしに詳しく、視る事が出来る人だったのだ。儂に餓鬼が憑いていると見破ってくれてな。餓鬼を追い出すための手段をとってくれた。」
「そ、それはどういう?」
お手伝いさんが話し出す。
「餓鬼はとにかく思う存分食べさせてあげればいいんですよ。多分、百合子さんは小さいときからとてもいい子だったので、どこかの段階でおなかが空いた時に正直に言えない事があったのではないでしょうか?
残念ながら私には餓鬼がみられる能力がないんですよ。お役に立てず申し訳ありません。
おなかが空いた。という気持ちを味わってしまった時に餓鬼に憑りつかれると、とにかくいつもいつもおなかを空かせているんですよ。
きっとずっと我慢なさっていたはずです。
百合子さんは最近ぐっと身長も伸びてこられました。それで、本人も分からないうちに憑りついている餓鬼が食べ物を求めて夜中に本人を動かして沢山の食べ物を食べるという訳ですね。」
「そうなんだ。儂もこの人の家で思う存分握り飯を喰わせてもらった。毎日毎日気が済むまで食べていた。1週間毎日毎日どれだけの握り飯を食べた事か。決して裕福ではない家だったのに。家人は自分達の米を分けてくれたんだ。
1週間思う存分食べた儂は急にお腹がいっぱいになった。その家の人に画技がいなくなったよ。と言われ、ようやく自宅に戻ったんだ。
その間わしの家の方にも連絡して、しばらくお預かりしますから。と、餓鬼の事は内緒にしてくれたんだ。」
「父さんは、いったいなぜ餓鬼に憑りつかれるように事になったのです?家では昔から食べ物は豊富にあったでしょうに?」
「儂の父親は厳しくてな。ちょっといたずらをした時など食事を抜かれたのだ。たまたま父親の虫の居所が悪かった日があってな。丸一日なにももらえない日があった。本当におなかが空いたと感じたものだ。その次の食事からはなぜか食べても食べてもお腹がいっぱいにはならなかった。多分その時に餓鬼に憑りつかれたんだな。
わしも百合子と同じように家で出される食事だけで我慢していた。だが、やはり身体が育ち盛りになった時に自分の意志ではなく憑りついた餓鬼が勝手に動いて台所を漁ったんだ。」
「大旦那様、うちは農家ですからね。貧乏でもお米はあったんですよ。大丈夫です。誰も我慢なんてしていませんよ。それなのに、随分恩義に感じていただいて、賄い婦として雇っていただくおかげでうちには現金が入って暮らし向きがいつも楽なんです。ありがとうございます。
私は、明日の夜からいつもより多めにご飯を残したり、食べやすいものをたくさん用意してから寝ます。しばらくは食費が多くなりますが、百合子さまに憑りついた餓鬼の気が済むまで付き合ってあげてください。」
「わかった。それで百合子が元に戻るのだったら。」
家人の許可を得て、お手伝いさんは、百合子が食べやすいように、昔おじいさまがしてもらったように沢山のおにぎりを握って置いておいた。
その横にはハムを切ったもの、肉を焼いたもの、お魚の骨を取ってほぐしたもの、野菜や果物など、バランスよく、沢山の食べ物を置いておくようにした。
最初の3日間は驚くべきことに、百合子のあの細い体のどこに入ってしまうのだというくらいの食べ物が消えて行った。
4日目。百合子は食べている途中でハッと我に帰った。
お手伝いさんは、毎晩百合子の様子を見てくれていた。
餓鬼の勢いで食べて、百合子の喉が詰まったりしないように。
その代わり、家人の提案で、お昼を作った後は夕ご飯までお昼寝をするように言われていた。夕ご飯の買い物は宅配で済ませてよいからと言われた。
お手伝いさんは、普段は、少しでも安くて新鮮な食材を雇い主の為に歩いて探していたのだ。
4日目に我に返った百合子のそばに、お手伝いさんは、さっと寄り添って、冷蔵庫を前に驚いている百合子をダイニングルームに連れて行って、暖かいほうじ茶をいれてくれた。
百合子は黙ってお茶をゆっくりと飲んだ。
「あぁ、お腹がいっぱいだわ。私ね、覚えている限りでお腹がいっぱいな事ってなかったの。」
夜中の事で、お手伝いさんしかいなかったので、百合子は正直に言った。
「百合子さん、これまでおなかが空いていたのに我慢していたんですね。早く気づけなくてごめんなさい。
いつからだったのでしょうね?」
「えぇと、幼稚園の時にね、お昼寝をたくさんし過ぎて、幼稚園でおやつの時間に遅れてしまったの。その日はなんだか眠くてお弁当の途中で眠ってしまったらしいのね。それで、お昼も途中でおやつもなかったからおなかが空いちゃって。
でもみんなのおやつの時間がもうじき終わるからって私は少しの間待っていたの。みんなが食べている時におなかが空いたなって思いながら見ていたの。
自分がお寝坊したんだから先生にも我儘言えなかったし。それからはいくら食べてもちっともお腹がいっぱいにならなくて。でも、恥かしくて誰にも言えなかったわ。」
「そうですか。10年近くも。でも、もう大丈夫ですよ。」
「えっと、わたし、どうしたのかしら?」
「どうもしていせんよ。夜、百合子さんがお手洗いに行くのを見かけたので私も一緒に行こうと思っただけですよ。
そうしたら、百合子さん喉が渇いたみたいでキッチンにお入りになったので、私がダイニングにお連れしてお茶をいれたんです。ほうじ茶ですから眠れますし大丈夫ですよ。」
お手伝いさんは、百合子に餓鬼がついていたことは内緒にしてそう言った。
翌日の朝食、百合は普通の量の食事をゆっくりと食べて、少しだけ残した。
家人には、お手伝いさんが餓鬼は去ったようだと事情を話し、百合子は給食も落ち着いてゆっくり食べられるようになった。
身体の成長に合わせて百合子の家でもお手伝いさんは百合子の食事を考え、二度とおなかを空かせないように気を配ってくれたので、餓鬼は二度と現れなかった。
でも、みなさまご注意あれ。
おなかが空いたのを我慢している時は餓鬼に憑りつかれないように。
【了】
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