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「お前みたいなペーペー、どうやってこんなところに侵入し得たんだろうな。他人様のベッドでグースカ寝腐るクソガキがテロを起こすと言っても、とんだお笑い種だ。おまけに何の戦闘技術も持たねえどころか、一般市民と同レベルときた。機械類でも得意なのかと思いきや、そこまで御頭が働く有能な小僧とも言い難い。一体何をしに潜入したのか、全く以て理解に苦しむ訳だが……。おいおい、少年。いつまで黙りを決め込むつもりだ? 随分と長い沈黙だが、まさかあの程度の打ち付けで会話もままならねえほどポンコツになりやがったってのか?」
脳震盪による一時的な意識混濁と視界暗転が生じていた僕は、一定期間回復が追いつかず舌が回らない状態だった。が、痺れを切らした男が突如両腿を貫く銃弾を発砲したお陰で、半強制的に意識が引き揚げられた。肩を射抜いた弾丸とは弾種が異なるのか、桁違いの痛みにまたしても耳を裂くような悲鳴を上げる。筋繊維の内部で暴発したかと疑うレベルの衝撃を受けて、何が起きたか銃痕を確かめると、見事断裂した大腿四頭筋と断裂面から覗く骨が露わになっていた。
冷酷無残な仕打ちにひいひいともがく僕の無様な姿を眺めながら、男は凄惨な場に不釣り合いな笑みを浮かべている。
「どうだ? 少しは頭の中がクリアになったか?」
回想の手助けでもしてやったとでも言いたげに、達成感に満ち満ちた表情を見せる男は、紛うことなき悪魔の化身だ。
発すべき言葉がはっきり定まらず、僕は荒い息遣いのまま無言を貫く。拳銃で撃ち抜かれた肩と太腿の痛みに堪えながら、猫の威嚇のようにフーフーと警戒する様は、頑なな生への執着心によるものだろうか。八方塞がりの状況においてなお現状を打破せんとする姿勢は、そこら辺の一般人に比べれば断然勇烈であったに違いない。回避できそうにない死に直面した時、抵抗を諦めて潔く死を待つ人もいるのかもしれないが、僕の胸の中には「まだ死にたくない!」と必死に叫ぶ諦めの悪い自分自身がいた。
男はまだ年若い僕から放たれる強烈な生に執着した意志に感嘆したのか、「ほう」とにたり口元を緩めた。しかし感心した表情は怪訝なものへと移り変わる。これまで僕に与えた暴行の跡を見据え眉根を寄せると、男は「何だお前……?」と言い掛けて、真意を確かめんとばかりに手を伸ばす。
ところが、また新たな傷を増やされると危惧した僕が、突如大声を上げて抵抗した途端に、彼は目をまん丸に大きく広げ、驚いたかのように俊敏に反応して続きを飲み込んだ。
これ以上は痛いのも苦しいのも嫌だ。訳も分からぬまま良いように扱われて黙っていられるほど、僕も我慢ならなかったのだろう。流石に「このまま殺されたとしても構わない」とまでは豪語できないけれど、「でき得る限りの抵抗はしてやる」という気構えは据わっていた。
「――や、めろ!! 触るな!!」
半分捨て鉢で放ったこの一言が、男の暴行を食い止めた。それどころか、彼は何かに弾かれたのかの如く天井と壁の角を背に飛び退いていた。
「お前、まさか……。いや、まさかな……」
何を言い掛けたのか分からないが、彼の動きは何らかの力により矢庭に抑止されたようにも見えた。理解の範疇を超えた現象に驚いているのは、僕以上に男の方だったのかもしれない。何しろ部屋の片隅に飛び退いた彼から、桁違いな畏怖が見えたのだから。
膠着状態に陥ってから凡そ一分が経過した辺りだろうか。男が緩やかに地面へと足をつけ、拳銃をホルスターに仕舞ったのは。指示を仰ぐかのように窓の外をちらりと見た彼は、向こう側の監視室から「撃ち方やめ」と命令が下った兵隊の如く、「やれやれ」と若干ばつが悪そうに肩を竦めていた。まるで降参だと言わんばかりに両手を挙げて呆れ返る姿は、果たしてどういった心境の変化があったというのか。
男はいそいそとソファの背凭れに掛けた上着を羽織ると、次は未だ床の上に転がる僕に目を遣る。羽織った上着は恐らく軍服で、漸くここが軍事施設なのだと心付く。
――軍事施設内の第一級接触禁忌種厳重管理区域。大層な名前が付くだけあって、そりゃあ軍事法が統治する管轄下で普通の法律が通用しない訳だ、と一人納得する。内部接触を果たした時点で死罪ものの危険生物を飼育しているとまでは、予想だにし得なかったが。
「……やめだ。お前を嬲って情報を吐かせる理由がなくなった」
「――は……?」
「いや、『情報を吐かせる理由がなくなった』と言うのは間違いか。個人的には情報を吐かせたいことに変わりはないが、『お前にこれ以上の暴力を行使する権利がなくなった』と言うのがより正確な答えだな」
急に止んだ暴力の雨に、胸を撫で下ろす間もなく呆然とした。僕の言動の何が彼を突き動かしたのか、それが分からぬから鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「俺達の行く末を見守るだけの監視官がな、丁度お前という存在に心当たりを覚えたらしい。だからお前の風通しの良さはその程度で済んでるってこった」
他人様の肩にトンネルを作っておきながら、太腿にクレーターを残しておきながら、随分な物言いだ。今や流れる血の勢いも弱まり、「失血死まで秒読みか」と錯覚していた己が恥ずかしくなるほど、これらの銃傷が致命傷でないことが分かる。腐っても人体リスク部位を把握しているからこそなし得た業物。彼があれだけ平然としていたのは、肩に弾丸が貫通したところで、太腿に銃弾が爆ぜたところで、僕が死なないと予見してのことだったのだ。
豪く年寄り臭く「よっこらせ」と弾みを入れて、彼は部屋の一角に位置する用箪笥の下段を中腰で引き出した。中から救急箱を取り出すと、男は倒れ込んだ僕の目の前にすとんと座り込み、「傷の応急処置をするから、さっさと起きろ」と無茶な題目を強いてくる。こちとら今さっき拳銃で撃たれたばかりだというのに、無理難題を強要してくる辺り、根本的に自由奔放な人格であることに変わりはないようだ。
速やかに彼の要求に応じなければ、小煩く愚痴愚痴言うだろうと予見して、激痛に蝕まれる血塗れの身体を、僕は少し無理矢理に起こしたのだった。
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