File 01:昼中に堕つ白烏

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「えっ……、え?」 「何が『え?』だ。胸糞悪い間抜け(づら)曝しやがって。腹立たしいことこの上ねえな、クソッタレ。『お前は誰だ?』って聞いてんだよ。答えろ」  恐る恐る目を向けた先――声が聞こえた発信源に立っていたのは、(およ)そ六フィートは優に超えるであろう長身の男だった。  彼の姿を瞳に映した瞬間、言葉が詰まる。無論いきなり声を掛けられた驚愕で言葉を失ったというのもあるが、彼の容姿を目にした途端、その形貌のあまりの神々しさに息を飲んだ、と言った方がより適切であろう。 「……神さま?」  まるで白子(アルビノ)のように色素を失くした白金の地髪と真紅の虹彩。カーテンの隙間から差す日の目を浴び、一際煌びやかに映えるそれらは人間離れした印象を色濃く残し、極めて異質な存在感を醸し出す材料として十二分の役割を果たした。  異彩を放つ明眸は、如何にも不服だと言わんばかりに歪んでおり、強大な威圧感を纏いつつも、じっとこちらを見下ろしている。表情や態度で不愉快さを丸出しにしておきながら、神仏と見紛うほどの錯覚を与える見目の何とチグハグなことか。  単に男の容姿に魅入ったか、はたまた尻込みしたかは分からない。だが、僕の記憶にある神の定義に酷似した彼が、どうにも眩しく見えて仕方がなかった。  そんな純朴な思考が駆け巡る一少年が意図せず零した言葉、それこそが「神様」。  その一言を掬い上げた彼が次に放った台詞は、とても神とは形容し難い粗野で乱暴で、そして酷く俗物的なものだった。 「――寝惚けてんのかゴミ野郎」  人差し指で蟀谷(こめかみ)をトントンと叩く仕草は、「お前の頭、大丈夫?」とでも聞きたげなジェスチャー。気遣わしげな表情が逆にこちらの苛立ちを沸き立たせる。  前言撤回、この男が神様であるはずがない。真の神様が初対面の人間に正面切って「ゴミ野郎」と痛罵を浴びせるだなんて、そんな低俗な真似できる訳がないのである。浮世離れした容姿からチンピラめいた言動が飛び出るとは、いやはや見た目詐欺にもほどがある。  確かに、呆気に取られたが故に出た僕の失言は、何の脈絡もなかった。何の脈絡もなければ、巫山戯ているようにさえ取ることができたと思う。男が呆れ果てるのにも頷ける。だとしても、「ゴミ野郎」などと謗られる謂れはないはずなので、神様認定の取り消しは免れない。  男の威圧に辟易(たじ)ろぎ、弱腰ながら「あっすみません」と平謝りしてはいたものの、彼の止まない罵詈雑言の嵐に青筋が立ち始めていたことは否めない。 「気持ち悪い奴だな、お前。他人様(ひとさま)(つら)見るなり神様だなんざ抜かすなんて、薬でもキメて天国(あの世)に意識でも置いてきたってか? ラリッた異常者(イカレポンチ)のお相手なんて俺ァ御免被るぜ」  普段の自分は温厚な人間だと自負している。自負してはいるが、見ず知らずの男にいきなり真正面から漫罵されると、多少はカチンとくるらしい。無礼極まりない不遜な物言いに、こちらを挑発するような男の振る舞いに、意図せず気色ばむ。いいように言われっ放しにされるのも性に合わない。ここは意趣晴らしでもしてやろうと、僕は一挙に気炎を揚げた。 「そっ、んな訳ないでしょ!! あーあ、僕の一時の気の迷いでした。この世にこんな口汚い神がいる訳がない。こんな軽々しく神様だなんて言っちゃ駄目ですよね。全く本物が知ったら『失礼だ』って叱られちゃうな。少なくとも僕の知る神様は、もっと上品でしたからね、ええ。『ゴミ野郎』発言はあり得ない、あり得ないですとも!!」  確かに会遇当初は、彼の張り詰めた空気に物怖じするだけだった。が、面識のない男にここまで好き勝手に言われてヘコヘコし続けていられるほど、僕の堪忍袋の緒も丈夫ではない。息つく暇もなく、言いたいことは言ってやった。 「大体神様と間違われたことに対して、何で『ゴミ野郎』なんて酷く罵倒する必要性があるのかすら僕には理解できませんけどね。通常であれば初対面の人間がちょっと螺の外れた発言をした時、心配の声を掛けるなりするもんじゃないですか? 僕自身自分の発言がちょっと可笑しかったことに気付いてない訳ではないんですよ? ないですけど、まさかこんな憎まれ口を叩かれるなんて思いもしないじゃないですか」 「え、何? 喧嘩売られてんの、俺? 素手喧嘩(ステゴロ)? 買わせて?」 「先に言葉という武器で暴力を振り翳してきたのはそちらなのに、最早本物の暴力で物事を解決しようとするだなんて、神様の風上にも置けないですね。やはり貴方自体が神様に匹敵する存在であるはずがなかった証左ですか? ああ! どうか怒らないでください、虚構の神よ! これも一若者の戯言に過ぎないのですよ? ここは一つ、最低限神様らしくザーッと水に流してください、ザーッと!!」  その時は正に恐れなんてなかったと思う。ああ言われればこう言うといった、軽いお喋りの応酬がスラスラと出てくる。自分でも恐ろしいくらい大胆な受け答えをしていたものだから、口が独りでに走り出したものとさえ考えた。
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