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『It will come soon.』
『Don't forget. Tell your lupine brothers who follow you, ask for their help.』
【A9II>G2V B4 B8 Iae>G2V】
『Hurry. Before everything comes to an end.』
――何か重大なものでも示すかのような指示文書と暗号。「何のメッセージだ?」と二人して中を覗き見るが、それぞれの反応は違うものであった。
最初は二人共首を傾げるだけだったものの、すぐ様その書付が自身の実態を見抜くものでも未知に迷い込んだ理由を収めたものでもないことを知得した僕は、がっくりと首を落とす。一方の彼は神妙な顔付きで暗号解読と対峙していた。
「随分雑な走り書きだな、これを書いた奴は何か急いでいたのか? いや、暗号自体を解けば書いた本人が急かしてくる理由も明確になるんじゃ……」
「少なくとも僕の正体を明らかにするものでも、僕がここに紛れ込んだことを明らかにするものでもなかった! ああっ、何のために態々帯紙の裏に付けてあったんだよこれは!!」
彼の三分くらいの解読作業も虚しく、結局暗号の意味は分からず終い。勿論、己の正体を見破るような代物でも、己が未知に足を踏み入れた理由を示すような代物でも何でもなかったのだが、頼りの綱を失って項垂れる僕の後ろで男は変に不審げな態度を取った。
「記憶喪失前のお前が書いた、とかじゃねえのか?」
蓋し僕がこの肉筆を記した張本人ではないかと疑惑を向けるこの男。大方こちらを問い質すことで、内容を思い出すよう仕向けたかったのだろう。
しかし、残念ながら思い出せないものは思い出せないのだと強めに釘を刺す。最も、内容物を思い出せていれば何となく謎解きに果がいかないこのモヤモヤとした気持ちを払拭できていたのだろうが。
「それならもっと有用なこと書いてくれよって感じです。無論、これを書いた記憶もございません」
「絶賛記憶喪失中なんだ、書いてないとは断言し切れないだろうよ。俺の部屋に紛れ込ませたってのが、ちぃとばかり理解不能だが」
「何ですか? 僕が貴方にあの暗号文を託したと言いたいんですか? なら無駄ですよ。この通り記憶喪失ですから!」
「怒るなよ。……まあ、つまるとこ、それなんだよな」
男は深刻な記憶喪失に納得して追及を諦めた。だが、振り出しに戻ったということに変わりない――気付きたくなかった事実に、思わず髪の毛を掻き毟った。
何故ここに迷い込んでしまったかの答えが得られぬどころか、己は正体不明の存在Xのままだ。現状行く末に不安が残るのみならず、幽々たる未来予想図へ鬼胎を抱くしかない事態に、焦燥感は募るばかり。
「僕、このままだとどうなります……?」
「まず間違いなく住居侵入罪で捕まるわな」
そして同時に絶望への道も開かれている。男の表情から察するに、冗談でないことが嫌でも分かる。人生詰みの予感を察したのかさっきからやけに心臓の鼓動が煩い。
しかし、そんな失意の淵に立つ僕の背を後押しするように飛んできた台詞は、更に頭を抱える事態を招いたのだった。
「それだけならいいさ。お前、第一級接触禁忌種厳重管理区域に侵入して内部接触を果たしてる訳だから、死罪は免れないぜ?」
「第一級接触きん……? 何ですか、それ?」
「第一級接触禁忌種厳重管理区域。つまり、世間的に非公開の危険生物を隔離してる領域だわな。そこでその危険生物と接触したお前は、情報漏洩の発端となり得ることから、死罪が確定してるって話だ」
「う、嘘。僕多分未成年……なのに、そんな重罪課せられる訳ないでしょ!?」
「嘘言ってどうする。第一級接触禁忌種厳重管理区域ってのは、所謂一望監視施設だ。室内が扇状の造りをしてるだろ。見る側が監視し易く設計した賜物だ。通常侵入者は即刻監視官に見付かって逮捕。んで懲役三年が妥当だが、内部管理物に接触した者の場合、何人たりとも死罪と決まっている」
「それにしたって少年法とか――」
「少年法だぁ? んなもんここでは通用しねえよ」
待て待て待て。齢十六? 十七? 十八? にして死ぬ定めとは何たる不運。いや不運で済ませられるものではない。不運を不運で掻き混ぜたかのような、地獄だ。
大体「外界から隔離するほどの第一級接触禁忌種とは何ぞや?」という話題が出てきても可笑しくないのだが、第一級接触禁忌種が公衆に隠蔽された危険生物であるということ以外、彼との会話の中に出てくる気配は全くない。既に内部接触を遂行しているということは、予てその第一級接触禁忌種とやらに搗ち合っているということを意味する訳で。一体どれが第一級接触禁忌種だったのか不可解な謎に苦悩するものの、それがここに迷い込んでしまった当初と同じ堂々巡りの謎に等しいであろうことが、ただ何となく分かった。
それに加えて、何故僕が第一級接触禁忌種厳重管理区域という名の禁足地なんぞに迷い込み、剰え監視官に見付かることなくその危険生物たる第一級接触禁忌種などに接触を図ることができたというのか、が一番の考えどころである。恣意的な悪意すら薄らと感じたが、ならば誰がこの状況を狩り立てたというのか。それが分からぬから思考は止まない。
しかし、ここで起きてからというもの、熟慮の反芻三昧で碌に脳を休めていない。何よりも、答えを知っていそうな男が眼前に控えている中、ここは直接本人に聞いた方が早いと考えもした。
本当なら、ここまで自力で考え抜いてきたのだから、最後まで自分の力のみで解決したいと思ってはいる。だが、脳も心身も疲弊し切っている中で、それを押し通すというのも現実的ではない。止むを得ず、この謎めいた状況解説を聞いてみることに、僕は半ばヤケクソで決めたのだった。
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