第7話

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第7話

「ベラ!」  身体が揺すられる感覚と名前を呼ばれたような声に意識を向けると視界が白んで見えてきた。 「こうしゃく、さま?」  その向こうでこちらを覗き込む黒い双眸と目が合うと安堵したような表情をして息を吐き出していた。 「ずいぶんうなされていたが大丈夫か?」 「私、」身体を起こそうとすると制され頭を枕に戻す。 「どこか痛いところはないか?」 「⋯⋯ない。でも、」 「でも?」 「唇がひりひりする」 「⋯⋯ひりひり?」 「ひりひり」  手を唇に持っていくと少し腫れているような違和感が確かにあった。  そのせいか少し話しづらい。 「⋯⋯⋯⋯⋯⋯君はだいぶ寝ていたから海風で乾燥したのだろう」  海の上だから乾燥しやすいと言われればそれもあるかも知れない。 「窓は閉めておこう」  血でも出たら嫌だ。  あとでクリームを塗っておこう。 「私はどれくらい眠って」 「そうだな。二日は寝ていたな」 「そんなに?」 「ああ。気分が悪いと部屋に戻って薬を飲んでからずっとだ」  薬を飲んでからずっと?  じゃああれは──夢? 「⋯⋯⋯⋯船医、からはなにか?」  船医? と不思議そうに首を傾げる公爵様。 「⋯⋯ああ、追加の薬を処方してもらったな」  追加?  薬はまだあったはずなのにどうして。  ベットサイドのゴミ箱には確かに薬の包紙が転がってあった。  公爵様が看病してくれていたの? 「気分はどうだ?」 「⋯⋯はい、だいぶよくなって」  公爵様が注いでくれた水のカップを受け取ろうと身体を動かした時、パンツが冷たく感じた。この感じは覚えがある。 「ベラ?」 「なんでもありません」  受け取って口に含むと口内が乾燥していたからなのか咽せて咳き込んだ。 「大丈夫か?」 「お手洗いに」  端的に答えてベットから床に足をつけるとふらついたところを抱き抱えられる。 「付き添おう」  歩けば下腹部から液体が流れ出る感覚があった。 「ここで大丈夫」  扉を二つ程隔てた場所に公爵様を待機させてトイレ室内に入りスカートをたくしあげパンツを下ろすとそれは予想していたものとちがっていた。確かに染みは出来ていたがそれは血ではなかった。  ⋯⋯なにこれ。  そこには水が滲んだような染みだけが広がっていた。  漏らしたわけではない、月の前のものでもない。血でもない。となれば、あらゆる知識を掻き集めるとそれがあれだと気づいた。  嘘、嘘でしょ。  嘘よ。  絶対嘘。  ない。  ありえない。  扉を叩くノックと共に公爵様の声がする。  その声に反応するようにお腹の奥がきゅっと締まってたらりと漏れ出た液体が太ももの内側を伝っていく。嗅いだことのないにおいが鼻をかすめて戸惑いをおぼえていると公爵様の声が心配したようなものへと変わっていた。 「な、なんでもないです」  扉越しに公爵様に知られてしまうのではないかと恐怖が勝ってそう答えるだけで精一杯だった。  なんで、どうして。こんなこと今までなかったのに。これだとまるで私が公爵様を欲しているようで。  そこまで考えて頭を振り払う。  これはちがう。これはあれよ。夢であんなことがあったから身体が反応しただけ、周期的に女性の体がそうなることはよくあるっていうし。うん、そう、絶対そうだわ。  そう結論付けてペーパーで拭って手を洗ってから身なりを整える。  やっぱりまだ気持ち悪さがあってパンツを替えたいけど公爵様が部屋にいるから無理だ。  最悪、ほんと最悪。  これも全部夢のせいよ。  もう、なんであんな夢を見たのよ。  これだと私が欲求不満みたいじゃない。  思わずため息がこぼれ出た。  鏡に映る自身は少し疲れているように見えた。  しっかりしなさいベラ!  鏡に映る自分に鼓舞をしてなんとか気合を入れる。  死にたくないでしょ!  死にたくない。あんな思いはしたくない。  だったらしっかりしなさい!  弱っている場合じゃない。  もし公爵様に知られてあの夢の通りになるのは嫌。  もしかしたら妊娠しているかもしれない。  それがすべてをあやふやにする。  だからまずその確認をしないと。  公爵様には、訊きたくない。  となれば船医に会って確かめるほかない。  私の体になにが起こっているか確かめよう。
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