第1話

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第1話

 温かみの中で薄らと目が覚めた。  もう少し、もう少しだけ寝ていたいと寝返りを打った先に無骨な背中が見えて、固まった。  私の身になにが起こったのか考えてみるもいくら考えてもわからない。  私は自分のベットで眠ったはずだし、誰かを招き入れた覚えもない。  第一、なぜ、裸?  身動いだ音に呼吸を止める。  寝息が聞こえたことに安堵して頭を動かして辺りを確認してみる。  部屋の調度品を見るにここは明らかに私の部屋ではない。これはたぶん男の人の部屋だ。たぶんお金持ちの。  漆黒の髪、シーツから見える逞しい腕や背中。  自身を見下げる。  明らかに事後だ。  わぁ、綺麗なおっぱい。って今は感心してる場合じゃない。  視界に見える金の髪とかやたらと長い手足とか。  これは明らかに私の知っている私ではない。  ごめんなさい。本当にごめんなさい。  この身体の持ち主と彼に心の中で謝る。  身体の関係になるならたぶんそれなりの恋愛感情をお持ちかとは思いますが、私には生憎記憶がございませんので、ございませんので、ひとまずこの場から逃げようと思います。シーツから這い出て遠近感のちがいに戸惑いながら身を守る服に手を伸ばしたところで身体を後ろに引っ張られた。 「どこに行くんだ」  掠れた声がわりと近くから降ってきて身体が縮こまった。  身の危険を感じて思わず突き飛ばした。  ゆらりと男が身体を起こして訝しげに近づいてくると顔を覗き込んできて喉が鳴った。 「そんなに私との初夜が嫌だったか」  漆黒の双眸は恐ろしく見つめられれば心臓がひっくり返りそうになる。  今、初夜って言った?  ってことは私この人と結婚したの?  嘘でしょう。  記憶にない。  昨日までの私は独身で恋人もいなかったのよ?  それに初夜っていつの間にすっ飛ばしたの。 「だが、君が泣き喚こうと今日からは私の妻だ」 「私はあなたのものではありません」  混乱して脳内で慌てふためきながらも、口の方端を吊り上げてさも楽しげに笑った男に気づけばそう口にしていた。  そこで唐突に膨大な量の記憶が頭に流れ込んできた。  そうだ、私はこの男の妻になった。  めでたくもない結婚だ。  政略的な結婚で、そこに愛はもとより情さえない。  私はこの男が嫌いだった。  この男もそうだ。  だから納得して結婚したのだ。  一切恋愛感情がない代わりにお互いの野心のために結婚することを。  だが、これは間違っていたことを知る。  だってこの男はこの先国を破滅させるから。  その妻である私がそう仕向けるからだ。  私はこの男に殺される。  彼の想い人を殺したからだ。  そこから先は知っていた。  この男の手によって私は文字通り死ぬような苦しみを与えられ投獄されて冷たい牢の中で死ぬ。そのことがまるで体験したような感覚さえする。酷く恐ろしく感じる。  どうしてわかるのか、だって私はこの小説を読んだから。だから彼の端正な顔立ちが表紙の小説を愛読していた私には彼が主人公のエドワードだとわかる。 「……ほぅ。じゃあ誰のものだと言うんだ?」 「私は私のものです。それ以外考えられません」 「いいや、」背中にまわされた手に抱き寄せられ「今は私のものだ」距離が縮まる。 「一回だけ。その約束だったはずよ。あなたとは一回きり」 「だからなんだというんだ? 私が望めば君はその体を差し出せ」 「嫌です」 「……嫌? 君にその決定権があるとでも思っているのか?」 「私の身も心も私のものです」  この男が人の話を聞かないことは知っていた。だから無意味だ。彼が殺せと言えば数秒後には首が飛ぶ。それほどの立ち位置にいる。せめて目だけは逸らさずにいようとなけなしの勇気を握りしめて睨み返す。 「こんな状況でも私を睨みつけるのは君ぐらいだ」とさらに口角を吊り上げて「二度目はないと思え」手を離した。  あんたとはごめんよ。と心の中で舌を出してから解放された体にシーツを纏って近くの服へと手を伸ばすと顔にシャツを投げつけられた。 「それを着ていろ」 「は? 嫌よ。どうしてあんたの服なんか」  呆れたようにため息を吐いていた。 「君がそれでいいならいい」とひとりごちて出て行った。  原作通り。  妻には微塵も興味がない。  ひとり残された妻は悲しみを抱えたと書いてあったが私はいま清々しい気持ちだ。私は私の生きたいように生きる。だってたぶん私の記憶通りならこういった話の場合、元の世界になんて戻れっこないだろうし本の中に入るなんてそんな体験できないしだったら今を楽しむ他ない。
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