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人垣の中、一人の老人が口をひらいた。
「その身なり、あんた学者様か?」
「いや、研究者だ」
「まぁどっちでもええわい。わしらの食い物にケチつける気か」
「謝る。そんなつもりはなかった。ただ、合成獣は食べ続けるといつか体を壊す。これは秘匿されているがれっきとした事実なんだ。今はよくても、いつか体に突発的な遺伝子変異が起こる可能性が高くて」
「小難しいことはようわからん! わしゃぁぴんぴんしとる!」
「いや、だから、変異時期は人によるっていうか……」
だん、と何かを断ち切るような音がした。
音の方に視線をやる。
リュイとは別の屋台を営んでいる誰かが、まな板に包丁を突き立てていた。
「安いんだよ」
これにお金を払っているのか、と言いかけてやめた。処分費用としてお金を貰うべきだ、と言えば何かが決定的になってしまうと思った。僕の前でユナがあーんと口を開けて、例の串焼きを食べている。
「安くて、うまくて、腹が膨れる。何が問題なんだ」
何も言い返せなかった。
支援の手が伸びていない、とか、教育が不足しているとか、そんな言葉は届かない。届くはずもない。
僕は自国が好きではないが愛着のようなものはある。
僕の国は、僕が研究者として育ち生きていけるくらい、豊で、余裕があるのだ。今この場で繰りひろげられているのは、その国の中で立てていた予想より、遥かに酷い現実だった。
僕に「安いんだよ」と言い切った誰かが、ちらっとリュイのほうを見た。リュイが無反応なのを見て取るなり、また僕に話しかけてくる。
「あのさぁ、あんたさ。この食い物がやばいって言ってるけどさ。この食い物が俺らの体に悪さしはじめるまで俺らが生きていられるという保証がどこにある? ん? 戦争なんかに参加しなくたってさ、人は死ぬんだよ。呆気なくさ」
次の瞬間、蹴りを入れられた。通りの隅へと吹っ飛ばされる。幸い、その誰かの足が当たったのは肩から下げていた鞄だった。
人相の悪そうなやつらが近づいてくる。
弾みをつけて立ち上がった。無我夢中で走り出す。
背中から「いいぞ!」だの「追え!」だの声が追いかけてくる。がしゃん、とその辺のものや人を突き飛ばしてとにかく逃げた。
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