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4月1日。昨日までと打って変わって、今日は抜けるような青空が広がっている。
アラームが7時になったと告げると、麻里は瞬きさえも億劫そうに洗面台へ向かった。水面には、死んだデメキンのような顔が浮かんでいる。
顔を洗い、歯ブラシを手に取る。
その時、カレンダーが目に入った。今日はエイプリルフールである。プレゼン準備で憔悴しきっていた麻里には、それどころではなかったのだ。リビングへ向かうと、二人の娘が待ち構えるように座っていた。
「エイプリルフールだからな。朝早くから可愛い子だね〜」
頭を撫でると、案の定驚いた素振りであからさまな嘘をつき始めた。
「家が火事になったよ!」
中々物騒だな、と苦笑いしながら2階へ向かってみる。
「なぬっ!?」
目の前は炎の海になっていた。たちまち壁中を蝕んで灰にしていく。嘘じゃなったのだ。
狼狽えていると、娘が階段をのぼって来た。その手には水のボトルが握られている。
「気がきくね、ありがとう」
急いで水をかける… が、勢いがおさまるばかりか炎の面積が次第に広がっていく。
「引っかかった〜 油だよ」
「ばか!何をしてんの」
殴りたい衝動に駆られるのを必死に抑え込む。
「水も油も液体だよ」
「お願い、早く水を持って来て!」
ボトルを開けて、一応確認する。透明で、至って平凡な水だ。しかし念には念を入れて、飲むことにした。
「ママ、それトイレの水」
急いで吐き出し、猛獣のような唸り声を上げる。
「おえっ」
「おバカさん♪」
呆れてものも言えなくなった麻里は、娘を退けて水を取りに行った。転けそうになりながら階段を駆け上がり、ありったけの量の水をかける。
段々炎が小さくなっていった。そうしている内に、瞬く間に容器が空になってしまった。
「ふ〜、危ない…」
安堵の息を漏らしたのも束の間、油をかけたのが原因か、水が切れた瞬間炎の大きさが元通りになってしまう。
「ママ、ごめんね」
「ごめんで済むもんかい!」
水だけでは足りない、消化器が必要だ。
階段を上がったり下がったり、骨折り損のくたびれ儲けもいいところ。
「あれ?」
あったはずの消化器が不自然になくなっている。呆然としていると、奥の部屋からもう一人の娘が出て来た。まさか…
「消化器、どっかやってないよね?」
「庭に埋めといた」
「嘘言わないで!」
「ごめん」
ここまでくると嘘も甚だしい。
「で、どこ?」
「庭じゃなくて、川に流した。あはははは」
「はぁー?」
この話自体が嘘であってほしかった。
娘達を叱責して、地図を手に取る。
麻里の住んでる地域はとんだ田舎で、種類豊富な日用品の売ってるシッピングモールは自転車で15分ほどの所にある。ろくに行ったことが無かったので、地図だけ持って外へ飛び出したのだった。自転車に跨り、ギアを3にしてペダルを漕いだ。流石に痺れを切らしたのだ。
他の自転車をごぼう抜きにして、ショッピングモールへと爆走する。他の追随を許さないと、速度を上げていくが… いつまで経っても着かないではないか。
訝しげに地図を見てみると、左下が捲れていた。嫌な兆しを感じる。生唾を飲みこんで捲り上げると、方角が反対になって現れた。つまり、逆方向の方角に描き変えていたのだ。なんと狡い!
口をへの字に曲げて、無言でUターンをした。
必死に漕いでいると、家が見えてきた。2階はもう炎に支配されていた。蔦のように階段を伝って、一階をも呑み込もうとしているのが目に浮かぶ。先程の行動には思わず眉が吊りあがったが、それでも愛しの娘なのだ。
ここが正念場… 消化器を急いで手に入れないと
我に返って、再び自転車を漕ぎ始めた。
「おばさん、ボール取って」
「お姉様ね!」
空からボールが落ちてくる。まだ元気いっぱいなお姉さんだと見せつけてやらなれば…
麻里の目が、ボールをガッチリと捉える。
「ここだ!」
掴んだ、と思えばボールが砕けてしまった。目を凝らしてみると、なんと卵ではないか!
「引っかかった〜」
「待て小僧!!」
もはやエイプリルフールに似た何かだ。必死に追いかけたが、距離は引き離されていくばかりだ。
「もうやだ… って」
右の看板を見るや否や目に光が灯っていく。
「この先右ショッピングモール… やったー!!」
と右折したその矢先、床が抜けて穴の中に真っ逆さま。穴の中には、
「ひっかかりましたね。今日はエイプリルフールだと忘れてはいけませんよ^_^ 良い一日を 石川県知事・正俊」
「えっ!?県も嘘つくんかい!」
土を払い、どうにかこうにか落ち穴から抜け出した。地図を見ると、まっすぐ行けば着くようだ。
「この地図が流石に嘘とかやめてくれよ…」
すると、そこに大きなショッピングモールが現れた。その綴りが、今は神々しく艶光りしているように見える。
「やっと着いた… なんでショッピングモール行くだけでこんな苦労せなあかんの?」
なぜか関西弁になりながら、麻里は新しい消化器を購入した。
しかし家に帰り着いた瞬間、麻里は愕然として、消化器を落としてしまった。そこには、燃え尽きて灰になった家があったからだ。
「そんな…」
膝から崩れ込んでしまった。しかし、あることを思い出して唐突に立ち上がる。
「そういえば、最近リフォームの申し込みしてたんだ。二人のお金で振り込んでおくね。」
そう言って、携帯を開こうとする麻里を、娘が抵抗する。
「嘘でしょ!?」
「結構高いよ。いや〜ちょうどいい機会だった。もう午後だしエイプリルフールは終わったからね!」
青空に愉快な声が響き渡った。
娘は泣きべそをかいて、限度は守らなければならない事をしったのであったー
***
因みに、「消防車呼べよ」とか言わないでくださいね、児童向けですので^_^
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