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10、鬼上司と閉じ込められる(side千夏)
上司と二人きりというのも無駄に緊張してしまう。なるべく平静を保つように心がけつつもチラリと久世さんを盗み見した。
骨ばった長い指が資料をすごい速さでめくっていく。いや、むしろ読んでないだろう、くらいの速さ。目に入れてもう流しているみたいな感じだ。
(頭の作りが私とは根本違うんだろうな)
パラパラと依頼書をめくっていくけれど日にちだけが遡っていくから目当ての依頼書が見落としでない限りない気がした。迷った末に久世さんに声をかけた。
「久世さん」
名前を呼ぶと切れ目の涼しげな目がこちらを向いた。
「2グループの耐水試験の依頼書なんですけどご存じないですか?」
「耐水……保坂の?」
「はい、私はもう報告書も出したから終わってるんですけど、見当たらなくて」
「それって先月の依頼じゃなかった?」
そう言って手に持っているファイルをぱたんと閉じてまた頭から広げだした。
(あ、どうしよう、久世さんの仕事の手を止めてしまった)
自分が調べていただろうことを後回しにしたのが動きでわかって咄嗟に謝った。
「すみません、仕事割り込ませて」
「いや……」
静かにそう言って相変わらず早い手さばきでページをめくっていく。
(さっき見たつもりだけど見落としてたらどうしよう、もう一回自分で確認してから聞けばよかった)
後悔しても遅いが、内心ドキドキしつつその指先を見つめていると手が止まった。
「あ」
(あああ、あったの?見落としてた?最悪!)
「ごめん、それ俺が持ってるわ」
「え?」
「F2とF3のやつだよな?」
「そうです」
「俺が持ってる、ごめん。事務所だ」
「あ、そうだったんですね」
(よ、よかったぁぁぁ)
心の中で安堵のため息がこぼれる。
「取ってくるよ」
「え!いいです!急いでないので。どこかついででくださればいいです」
必死に言うと笑われた。
「ついでって……」
その時笑った顔が普段見せないくだけた顔で胸がきゅっと痛くなる。
(その笑顔は……殺傷レベルですよ)
普段笑顔があまりない人なのに、フイに見せるその笑顔はヤバい。男性免疫のあまりない私にもとてもヤバい。視線が合うのが恥ずかしすぎてわかりやすく目を反らしてしまった。
それとほぼ同時だった。
ピカッと視界の上のほうで変に光ったと思ったらけたたましい雷が鳴って瞬間で室内が暗闇に包まれたのは。
「きゃっ!」
思わず耳を塞いで悲鳴を上げた。心臓がバクバクする。
「落ちたな……」
他人事のような久世さんのつぶやきに何も言い返せない。
心臓の激しい動きは止まることはない。
なぜなら私は昔から雷と暗闇が大の苦手だった。ドンっとまた大きな音がして馬鹿みたいに悲鳴をあげてしまう。
「きゃっ!!」
真っ暗ではないけれど薄暗い部屋、雷が間隔的に鳴り続けてまだまだこの悪夢な状況は続くと告げているようだ。耳を塞ぐ指先が震えて身体が縮こまる。
「菱田さん?大丈夫?」
久世さんがいつのまにかそばに近寄っていたことに気づかなかった。
「……ぇ」
自分でも驚くほどか細い声だった。
「苦手、とか?雷」
「……ぁ……雷も、だけどっ」
バリィ!とまた雷が鳴って思わず久世さんの制服を掴んでしまった。
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