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26、鬼上司は甘く抱きしめてくる(side千夏)
どこかでタイマーが鳴っている。
遠くで聴こえてる機械音と自分の鼓動が徐々に重なっていつしか消えていくと、気持ちも変に落ち着いてきた。
普段の態度や言葉からは想像できないくらい優しくて包み込むようなキス。頬をなでる熱い手が耳に首筋に触れるたびに胸が震えた。
だって、こんな風に男の人に抱きしめられてキスされるのは初めてだったから。
なにか言いかけようとすると唇を重ねられてなにも言えない。息さえも飲み込まれてだんだん呼吸が乱れ始める。抱きしめられた腕が腰を強く引き寄せるから吸い付くように体が密着した。
(絶対慣れてる……)
頭の中でそんなことを冷静に考える自分もいた。
(この状況なに?女性に一切不自由してなさそうな人が何のために?)
久世さんが私をこんな風に抱きしめてキスするメリットがない。同じ職場でしかも上司と部下で派遣の私なんか面倒以外の何者でもないだろうに。
なのに、どうしてこんな風に抱きしめてくれるだろう。
どうしてこんな大切なものを扱うみたいに頬を包み込むの。
「……はぁ……」
どれくらいの時間こうしていたのか、やっと解放された口から吐息を吐く。
(息ができないほどのキスって本当にあるんだ……)
まっすぐ見つめてくる瞳を息を乱しながらも見つめ返してそんなことを思った。長いきれいな指がそっと目じりをなぞってくる。涙はもう長いキスと一緒に止まってしまった。
見つめられると恥ずかしくて、自分が今どんな顔をしているのか全く想像できなくて俯いたのに、それを許さないようにすぐに顎が持ち上げられてまた唇を重ねられた。
何度か角度を変えられて甘いくちづけが繰り返される。その甘さに脳内がぼんやりしだすのを必死の思いで振り切った。
「……も……やめて」やめて、という言葉に自分が傷ついた。
自分が言ったのに勝手な話だ。
でも、ここでも勘違いしたくない。もう傷つきたくないんだ。これ以上触れられたら望んでしまう。
きっと、私から求めるほど、抱きしめて離れたくなくなってしまうから。
「優しくなんかしないで下さい……そんな風にキスなんか、しないでください」
そういい彼の身体をグッと押しのけると、抱きしめられていた腕の力がフッと緩んだ。
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