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27、鬼上司は甘く抱きしめてくる(side千夏)
抱きしめられていた腕の力がフッと緩んだと同時に胸がぎゅっと締め付けられたけど躊躇わずに告げた。
「今のは忘れるので……久世さんも忘れてください」
「は?」
「だって……」
「だってなに?」
「なにってだって!」
「だからなに?」
この人はいつも説明を求める。仕事じゃないんだから察してほしい。
「だって……久世さんは、上司で、ここは職場で。私は……ただの派遣社員で」
それ以上言葉を続けられず、一瞬息と一緒に言葉を飲み込んだのは久世さんが怒っているのがわかったからだ。
「だから……そのぉ」
「……だから?」
声が冷たい。さっきまでの甘い雰囲気はどこへやったのか。
「……だから……」
何も言わなくても一瞬でピリッとした空気を出す。怒りのオーラ、そんなものが本当に出せる人。ビビるよりかは戸惑って、そこで言葉を飲み込んでしまったら、勢いをなくしてもうなにも言えなくなった。
「はぁー」
深いため息をつかれて心臓が跳ね上がった。
「菱田さんって結婚してたっけ?」
(いきなりなんの質問?)
「してません……」
「彼氏は?」
「い、ません」
「じゃあ問題なくない?」
(問題ってなに?どういう意味?)
「遊ばれてるとか思ってるってこと?」
「遊び……というか」
「なに?」
間髪を入れずに、それもイラっとした感じで聞いてくるからもうこれは正直に言わないと逃がしてくれそうにない。
「慰めてくれただけじゃないんですか?」
「慰め?」
繰り返されると切なくなる。自分で言ってて虚しさが込み上がってくるだけだ。
「その場の、流れみたいな。雰囲気?取り乱した私を落ちつけさせたくて……熱を冷まさせようとしたみたいなって……まって!!さっきの……!」
「は?」
ハッとして思わず彼の身体を押しのけたら彼も一瞬驚いたのか腕の拘束を解いた。そこをすり抜けて思わず駆けだす――乾燥機まで。
走って駆け寄ってその扉を開けて、保護具をつけて取り出した。それを覗きこんで私は絶句するのだ。
(がーん……)
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