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01、鬼上司は仕事を山ほど振ってくる(side千夏)
気づくと、周りは久世さんと一定の距離をとって仕事をし始めていた。威圧的、そう言っていたのは2グループの内田くんだったか。
「めちゃめちゃ怖いじゃん、久世さん。ちぃちゃんよくあの人の下で仕事してるよね」
「そんなこと言ったって私にはどうしようもできないし。別に仕事してれば何って言われることないよ。ねぇウッチーそれいつ終わるの?」
「あと10分」
(10分か……なんか待ってるには長いな)
ここで待ってる間にさっきの久世さんの仕事ができる、そう思ってサンプルを持って片付け始める。
「もう行っちゃう?もうすぐ終われるけど」
「10分惜しいしあとでまた来るね、おつかれさま」
内田くんことウッチーは入社三年目の若手社員。堅い人が多い理系の部署にしてはどちらかというとチャラいタイプ。出会った時から気さくに声をかけてくれるので今ではあだ名で呼びあえる仲にはなっている。
でも基本は慣れ合わないようにしている。
社員と派遣、その立場はいろんな人の考え方と見方があるからだ。
実験室に戻って言われていた遠心分離機のサンプルを四本取り出す。
蓋に書かれたサンプル名をガラスフラスコに書き写して100mlに定容する。これがなんの依頼でなんの試験なのかはわからない。
教えてほしい、とまでは言わないけれどお前が知る必要はないだろ、そう言われている気になる。
基本事務仕事の多い久世さんがたまに自ら実験しているレアなサンプル。本社では品質管理の部署にいたと聞いた。大学で化学を専攻していたので試験は慣れたものだとも聞いた。どれも人づてに聞いたことばかり。私が久世さんと直接くだけた話をすることはない。必要もないはそうだけど、そんなに距離を詰めれる間柄でもないのだ。
(派遣は黙って俺の言う仕事をしとけ、みたいな感じかな)
私と久世さんは派遣とエリート上司、ヒエラルキーの下層と上層にいるような交わることのない雲の上のような人なのだから。
「久世さん」
定時になったので事務所に向かってパソコンと向き合っている上司に声をかけた。
名前を呼んだら顔を上げてくれたが、イケメンにまっすぐ見つめられてたじろぎかけた気持ちをグッと飲み込む。そんな気持ちは当然バレたくないので、なるべく平常心を装って話しかけた。
「先ほどいわれたサンプル定容して実験台に置いてあります」
「ありがと。今日測定してたサンプルの中にBi入ってたよね?標準液まだ残ってる?」
「残ってます」
「じゃあ同じ濃度域でいいから明日空いた時間に測定かけてもらっていい?」
「あの」
思わず口を挟んでしまった。
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