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29、年下の部下に翻弄される(side誠)
ほろほろと零れ落ちる涙。頬を伝うこともなく落ちていくから一粒が掴めそうなほど大きいんだろうかとどうでもいいことを考えてしまう。
泣いて化粧が崩れたせいか、それとも気を許した証拠なのか。普段にはとても見れないような幼い顔をした彼女がそこにいた。
涙で潤んだ瞳が俺を見つめる、その瞳に欲情する。職場ということでなんとか保てている理性が壊れそうだ。
自分にもっと強かになれ、そう言った俺の言葉に素直に返事をした彼女。
「……はい」
その返事した声は小さかったけど、覚悟を決めたような澄んだ声だった。
「派遣だからとか――もう言うな」
まっすぐ見つめてくる彼女の視線を同じように見つめ返すとまた「はい」と頷く。
そんな素直になった彼女がとても可愛いくて、このままどこかに連れ去りたくなる。
それでも彼女の瞳からは涙が止まらなくて、どこまで派遣というレッテルに縛られてきたのか、そう思ったら自然と言葉になった。
「……関係ない、派遣だからってそれがなんだって感じ。俺からしたらそんなことはどうでもいいよ」
彼女の大きな瞳がまたさらに見開かれる。
「社員の名前にぶら下がって仕事しないやつよりよっぽど信頼してる」
そう言ったらまた泣かせてしまった。
「……仕事、続けてもいいですか」
ぽつりとつぶやいた言葉はそれだった。
「止める理由がない」
「辞めますって言ったのに……」
「言葉で言っただけのことになんの制限もないし、俺は認めてもない」
認めるつもりもないんだ、なんなら説得してる。辞めさせるわけがない。
「久世さんは……いつか本社に戻るんですか?」
唐突な彼女の質問に本気で首をかしげてしまった。どういう意図があっての質問なのか。
「さぁ……辞令が出たらあるかもね。なんで?」
「……本社に戻りたいのかなって」
「戻りたいかは……どうかな。別に今は今で開発の仕事も嫌いじゃないし与えられた仕事するよ。声上げてまで戻りたいとか考えたことないけど」
素直な気持ちを返すと彼女はホッとしたのかまた涙を滲ませて。ゆびさきで拭うけれど取りこぼす涙が零れ落ちる。
(ダメだ。この涙、腰に来る)
「もう泣くのやめない?」
このままだととてもじゃないが冷静でいれなくなる。
「だから……泣かせてるのは、久世さんだもん……」
(……急に敬語をとるのとか可愛すぎるからやめてくれ)
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