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02、鬼上司は仕事を山ほど振ってくる(side千夏)
その声が思いのほか大きく出て事務所の人たちが一瞬こちらを見た気がしたが言った以上止められるわけがない。むしろ言うために声をあげた。その様子に久世さんもパソコンの手を止めて体の向きを私に向けた。
「なに?」
どうぞ言ってくれ、みたいな態度に余計カチンとくる。
「急ぎならそれを優先するのでちゃんと指示いただけませんか?」
「別に急いでないよ」
「空いた時間って言われるとやりにくいんですが」
「優先度は自分の仕事重視でいいよ」
「そういわれてもです」
「でも捌けてるじゃん」
(それは意地でもやってやろうと思ってるからなんだよ!)は、言わない。
「ついでみたいにはできません!」
気持ちが高ぶって噛みついた。事務所内も心なしかシンッとしてしまって、後悔はないがやってしまった感はある。周りの(あ~ぁ、偉そうに言ってるよ)感が、すごい。
派遣の私――が偉そうに上司に噛みついた。確かに偉そうだ、でも、久世さんだって上司だからって偉そうにして顎で使っていいもんじゃない。
「……ちょっと下いこうか」
久世さんが静かに席を立ってソッと背中を押された。怒ってる風にも見えないが感情は全く読めない。実験室に行ったらどんな冷たい言葉を投げつけられるだろう、内心はドキドキしている。
(やっちまった……)
「今日用事は?」
聞かれた言葉が予想外で一瞬ためらうものの特に用事はないことを告げると、「じゃあ、しっかり残業つけろよ?」そう言って実験室の扉を開けて中に入った。
久世さんが紙を一枚持ってくると実験台にそれを置く。並べられたサンプルフラスコを振りながら言ってきた。
「やってもらってたのはこれ。本社からの依頼試験で他社との比較サンプル、試作品だよ。急ぎじゃないけど値が出るのは早ければ早いほうがもちろんいい」
「……はぁ」
「測定してほしいのはBi2O3。まぁほとんど出ないと思う。測定したら計算までしてくれたら助かる」
「……わかり、ました。じゃあ、明日午前中に測定しておきます」
「ん。助かる」
フッと笑われてドキリとした。
ドキリはなにもときめいたわけでなはい。びっくりしたほうが勝つ。
「納得した?」
「え?」
「ほんとは意地でもさばいてやろうと思ってるだろ」
そう言われて思わず息をのんだ。
「それは……言われたことは、やれる範囲したい性分で……」
「負けん気強いよな」
そう言って笑われた。
(これって、馬鹿にされてる?)
「とりあえず、よろしく。おつかれ」
依頼書を渡されて久世さんは実験室を出て行った。
(ムキになってやるってわかって振ってたってこと?めちゃくちゃ意地悪くない?!やっぱり腹立つ!!)
この日を境に久世さんは堂々と依頼書を持ってきて追加の仕事を私に振るようになってきた。そのおかげで私は分刻みで仕事に追われることになったのである。
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