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07、年下の部下は噛みついてくる(side誠)
それから隙を見ては仕事を振ったり割り込ませたりして俺のできない仕事をうまく捌かせているとさすがにキャパが埋まってきたのか彼女の進捗が止まりだす。いつもだいたい定時であがる彼女が事務所に上がってこないので時計を見ると18時半を回っていた。
「おつかれ」
「あ、おつかれさまです」
実験室で黙々と作業している彼女、実験台にはフラスコが恐ろしいくらい並んでいる。
(あれ、俺こんなに仕事押し付けてたかな)
「これなに?」
フラスコを手に取ってサンプル名を確認すると俺が渡した試験サンプルだ。
「なにってなんですか?」
睨まれた。
「いや、ごめん。俺のふったやつ?」
聞くとまた睨んでくる。
「ほかにありました?」
「ないです」
「ですよね」
俺にこんな風に言い返してくるのは同期か彼女くらいだ。
「俺がこんな量のサンプル試験してる時間あると思う?」
開き直ると笑われた。
「ないですよ?ないでしょうけど……これなにもないですよ」
振っといてひどい、そういう割に全然嫌そうじゃない。
「ごめん、助かってる、本気で」
そう言うと照れたのか俯いた。
「ちょっと量が多いのと、明日装置の測定が混んでるから早くても明後日の夕方にしか結果出ません」
彼女が手を止めずに話し出す。
「了解」
当たり前だけど仕事の話しかしない、それがなにより心地良かった。彼女とする仕事の話は不思議だ、自分さえ前向きな気持ちになれる。それはきっと彼女の仕事への姿勢がそうさせるのかもしれない。
「そういえば、有給消化してる?エンジニアリングの方から電話きて消化させるように言われたんだけど」
「……この状況で休みの話とかします?」
「いや、そうなんだけど……思い出したから」
「ふふ……じゃあ落ち着いたらまとめて取ります」
「え、まとめて取られるのはちょっと困るんだけど」
「えぇ?まとめてとり……た、い、っとできた!完成です!」
ずらっと並んだフラスコに彼女も満足げに微笑む。
「これであとは測定です。はぁ、疲れた!」
あはっ、と笑った顔が疲労感を感じさせないほど晴れやかで、仕事への前向きな姿勢が見て取れた。その笑顔に瞬間――見惚れる自分がいた。
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