久しぶりにお腹が空いた

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久しぶりにお腹が空いた

あっという間に食事を終えたシュウは「少し席外します。ちょっと待っててください」という言葉を残して30分ほど前にどこかに行ってしまった。 待っていてくれ、と言われてしまっては待つしかないので隣の席のコウモリの羽が生えた女性と談笑して待っていた。 ちなみに彼女はよく分からない赤黒い何かを食べていた。 それの正体に関しては聞かないでおこう。 「そういえばミカは元の世界では何をしていたの?」 「うーん…勉強したり仕事したりしてましたよ」 「べんきょう?何それ」 「私たちの世界の人間は物理的な力ではなくて頭の良さ?に大きな比重を置いていたんですよ」 「……どういうこと?」 「この世界だと魔術師が1番近いですね。皆魔術師だったみたいな…」 「すごい世界ね。私たちが生きにくそう」 ケラケラと笑う彼女は興味深そうに話を聞いてくれた。 確かに魔術師と敵対関係にある彼女たち人外からするとそう感じてしまうだろう。 実際この説明で良かったのか分からないけれど満足してくれたのならそれでいい。 「お待たせしました」 「おかえり~」 「あら、シュウじゃない。ねぇねぇミカ、シュウも魔術師だったの?」 「そうですよ。それも凄腕の」 「何の話してるんですか」 呆れた表情をした彼は私の目の前に少し大きめのお椀を置いた。 懐かしい匂いに思わずお椀を覗き込むとそこには懐かしい料理があった。 「これ…」 「なんちゃって肉じゃがです。材料は寄せ集めなのでお口に合うかは分かりませんが良かったらどうぞ」 呆然とする私に彼は淡々と説明した。 「これ…どうしたの?」 「人間用の食事について研究したいから料理を教えてくれと少し前からコックに言われていたんです。ちょうど良かったので教えるついでにちょっと作ってみました」 彼は向かいの席に座ると勧めてくる。 スプーンしかないため掬って口に運ぶ。 口に入れた瞬間、今までの食事とは全く違う優しい和食の味に手が震えた。 「美味しい…」 「良かったです」 安心したような表情の彼にも食べるよう勧めると、隣の席から不思議そうな声がかかる。 「なーにそれ?」 「私たちが元居た世界の料理です。肉じゃがという名前で私たちの国の代表的な料理でもあるんですよ」 「ねぇ、一口くれない?ちょっと食べてみたいんだけど」 彼女に差し出すとフォークで芋を刺して口に運んだ。 味わうように何度も噛んでから呑み込むのを見守る。 すると彼女は羽をパタパタを揺らしながら興奮したように口を開いた。 「おいしい!!これ何!?すごい!!!」 「…なんか外国人が初めて日本食を食べた時みたいな反応ですね」 彼の言葉に頷く。 子どもの様に目をキラキラさせる彼女の様子に他の席で食事を取っていた方々も集まって来た。 「どうしたんだ」 「ん?なんだこれ?」 「不思議な匂いがする」 「うまっ!!」 「これもっとないのか?」 皆は口々に感想を言いつつどんどん肉じゃがが減っていく。 あまりにも皆が集まりすぎるためシュウと共に少し席を外す。 「……異世界で肉じゃがが受け入れられるの意外すぎるんですけど…」 「ああ…私の肉じゃが…」 皆が美味しそうに食べるのはいいが私の念願の肉じゃがが… すっかり肩を落としていると彼は少し笑っていた。 「そんなに気に入ってくれたならまた作りますから」 「ほんと!?」 「あれだけ評判になっちゃうと多分コックにも聞かれますしね」 席を見るとコックも厨房から出て肉じゃがを食べていた。 いつの間にか私たちの食器も引き上げられており、心の中で感謝を伝えておく。 「肉じゃが美味しかったよ。本当にありがとう」 「お口に合ったようで良かったです」 「うん、久しぶりにお腹が空いた」 故郷の味を舌が思い出したのか、なんだか肩の力が抜けた。 異世界の、それも魔王城。 それだけ聞くと随分と禍々しいのにそこの食堂には日本食の匂いが漂っているという事実に笑わずにはいられなかった。
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