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冗談と、嘘。それを魔術師みたいに手慣れた仕草で並べて、並べかえて。
舌先三寸……うわべだけ、口先だけの言葉でうまく言いくるめられてしまう。それをなんでも器用にこなしてしまう透くんがやるんだから。
……あ、もしかして。
ひらめいてしまった私は、想い耽る透くんの横顔に見惚れていた事を、全力で否定する。
「透くん、好きな子……いたの?」
好きな子はいたけど、手の届かないような人が相手だったなら。もしかしてずっと片思いをしていたなら。持ち前の口八丁も、器用な仕草も通用しないような……相手?
それって……どんな人、だろう?
想い耽っていた透くんが、少しだけ驚いたように目を見開く。表情を削ぎ落として、でも瞳だけは削りきれなかったみたいな。誰かに似てるなって思ったら、両親のパン屋のバイトに来ている、物静かな男性の微かな感情表現の仕方だった。
「うん、いたよ。高校の時、ずっと好きだった」
さっと瞳が翳って、一瞬で微笑みに変わる。口元は隠したまま、両目だけ笑う。きっと今でも好きなんだろうな、ってわかる。
「コーヒー持ってくるね。真美ちゃん何飲む?」
「えっと」
「あ、わかった。待ってて」
透くんが席を立って、ドリンクバーへ歩いていく。その隙に急いで冷めきったハンバーグを食べ終えた。冷めて固くなったチーズのソースは、なんだか口に残ってべたべたした。
しばらくして透くんが持ってきたのは、ホットのブラックコーヒーと、ホットココアだった。
「ココア好きだよね」
「……はい」
好きだよ。透くんの家に行くとおばさんがいつも出してくれる。夏は冷たいの、冬は温かいの。
火傷しないようにゆっくりココアを飲んで、その熱と甘い香りが口の中に広がるのを味わう。
「真美ちゃん、進路決まったって?」
高校三年の春。これで最後の学生生活……のつもりだったけど。将来、私は両親のパン屋さんで働くのが夢だ。そしていつか二号店を出すことがもうひとつの夢。その為に。
「はい。専門学校に行くことにしました」
お父さんみたいに、お客さんを喜ばせ、味に納得させる、美味しくて素敵なパンを作りたい。
お母さんみたいに、お客さんに喜びと楽しみを与え、素敵なお店作りが出来るようになりたい。
「パン屋さんしたいって、ずっと言ってたもんね。おれ応援するよ」
「ありがとうございます」
「伊万里みたいに、バイトに行こうかなぁ」
「透くんと一緒に働くのは、御免です」
ぴしゃりと言ってやった。透くんはちょっと口を尖らせてから、にやりと笑う。
「伊万里がバイトに行くなら?」
「……こ、断れません」
お母さんがいまり君大好きで。息子みたいに可愛がってて、むしろ「息子に欲しいわ」とか言っているのを透くんが知らない訳じゃない。そして私の気持ちに気付かない透くんじゃない。
顔がまた熱くなってきた。ココアを飲んで誤魔化すけど、透くんにはお見通しだった。
不意に立ち上がった透くんは、私の隣の椅子を引いた。隣同士に座って、透くんの腕が私の椅子の背もたれにまわされる。近付く距離、体温。透くんのコーヒーの香り。
「伊万里は誰にでも好かれちゃうからなぁ」
告白してその時にフラれたけど、なんて言えなかった。透くんの唇が耳元に寄ってきて。吐息が熱い。
「真美ちゃん知ってた? 今日ってエイプリルフールなんだよ」
「え? ああ、そういえば」
突然の話題に、私は目を白黒させながら頷く。
透くんは私の髪の毛の先を摘まむと、自分の唇に寄せた。
「ねぇ、真美ちゃん」
ココアよりあまったるい声。こんな声、初めて聞いた。
「嘘でもいいからさ……おれのお嫁さんになってよ」
ココアのカップの底に沈んだ粉みたいな、甘さの残りかすみたいな、苦味。だけどそれすらもったいなくて飲み干したくなる、欲。
ふわっと離れた透くんは、私が顔をあげるといつもの顔になっていた。からから笑って、目元が少しだけ優しい、お兄さんぶるような表情。私といる時によく浮かべる笑い方。
「私が、専門学校卒業するまでに、透くんに彼女が出来なかったら……」
少しだけ、私を挑発するような瞳の色に気付いた時には、もう遅かった。口が勝手に動く。
「透くんのお嫁さんに、なってあげますよ」
まっすぐ透くんの目を見る。透くんが被ってるいくつもの仮面の内側を覗くように。見破るように。私に見えたのは、ふわっと嬉しそうに笑う、少し幼げな表情だった。
「う、嘘ですけどね!?」
すぐさまそう言っておかないと、透くんは「言質を取った」とか言いそうだから、そう、今日がエイプリルフールだって言うなら、そういう流れでしょ、う?
……なんだか、私、もしかして……?
嫌な予感がした。だって透くんが笑ってる。
お腹を抱えて、笑ってる。待って、何がおかしいの!?
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