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今に至るまでの過程を軽く頭の中で振り返ってから、アノードは改めて、魔王の様子に目を向ける。
この中庭までアノードは騒々しく、ガシャンガシャンと金属鎧を鳴らしながら来たわけだし、先ほどは直接魔王に呼びかけたくらいだ。だから魔王の方でも彼の存在には気づいているはずなのに、魔王は臨戦態勢をとらず、のんびりと桜を眺めるままだった。
確かに桜は美しく、また珍しい花でもある。桜が植えられている場所は一応、この王宮以外にもあるものの、それらは時期的に既に全て散っているはず。
ならば魔王は、追い詰められて一人になった自分の姿を、最後に残った桜に重ね合わせているのだろうか。そうやって感慨に耽っているのだろうか。
魔斬剣の切っ先を魔王の方へと向けながら、アノードはふと考えてしまったが……。
まるで彼の思考を読んだかのように、ちょうどそのタイミングで魔王が振り返り、アノードに質問を投げかけてくる。
「勇者を名乗る者よ。何故ここだけ桜が散らず、まだ咲いているのか。その理由はわかるか?」
「なぜ、わざわざそんな質問を……」
口ではそう言いながらも、アノードは真面目に考えてしまう。
元々彼は農村で暮らしてきたのだから、たとえ農作物ではないにせよ、植物にはそれなりに詳しい。桜についても仲間や他の勇者たちより詳しいし、ましてや人間ではない魔王よりも造詣が深いのは当然。そんな自負があった。
「よし、教えてやろうじゃないか。よく聞けよ、魔王。そもそも桜という植物は……」
桜は、この世界で自然に生まれた樹木ではない。
ちょうど現在世界が魔族に脅かされているのと同じように、数千年前にも一度、世界は大規模な侵略を受けたことがあった。
その時も人類は絶滅の危機に陥ったが、やはり神の助けを得て、侵略者の駆逐に成功。全てが終わった後、その記念として神から贈られたのが桜という植物だった。
もちろんこれは伝説に過ぎないけれど、桜の特別な美しさや希少性を考えれば、単なる作り話とも思えない。おそらくは真実なのだろう、とアノードは考えていた。
「……その伝説によれば、ちょうどここが最後の決戦の舞台であり、この場所で完全に侵略者を排除したそうだ。だから記念となる桜も、ここは最初の一本として、神が自ら植えてくださったという。そんな由緒ある場所だからこそ、最後まで残っているのだろうよ」
魔王に対してそう言ってのけながら、アノードは内心、ちょっとした皮肉を感じていた。
先ほど自分は「ちょうど現在世界が魔族に脅かされているのと同じように」と言ったが、今回ここで魔王を倒して終わるのであれば「ちょうどここが最後の決戦の舞台」という点でも、伝説と一致するではないか。
つい口元に笑みすら浮かんでしまうほどだ。しかしそんなアノードに対して、魔王はフフンと鼻で笑いながら返していた。
「愚かな……。そんな誤った作り話を信じているのか、人間は。すっかり騙されておるのだな、神々に」
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