魔王と勇者が桜の前で

4/6
前へ
/6ページ
次へ
    「作り話……? 騙されているだと……? いったい何が言いたい!」  叫びながらアノードは、右手の剣を振る。  もちろん、まだ斬撃が届く距離ではなかった。だから魔王に対して斬り付けたわけではなく、ただ頭に浮かぶモヤモヤを振り払いたい気分で、それを行動に表したに過ぎない。  彼の頭の中に浮かび始めたのは、いわば疑念。魔王の言葉なんて信じるつもりはないのに、それでも気になり始めたのだ。 「我らの故郷には『勝てば官軍』という言い回しがある。伝説や伝承、歴史書というものは、勝った(がわ)が自分たちに都合よく改竄した話だけを残していくのだ。おそらく……」  語り始めた魔王の顔から、既に(あざけ)りの色は消えていた。むしろ哀れむような表情になっている。 「……お前の話に出てきた『侵略者』というのは、我ら魔族を指し示しているのだろうて。しかし我らは、この世界に侵攻してきたわけではない。我らは元々、この世界で平和に暮らしていた先住民族。神々こそが、この世界に攻め込んできた侵略者だったのだ!」  侵略者たる神々に蹂躙され、多くの魔族がその命を落とした。生き残った者たちはこの世界を捨て、新天地を求めて旅立っていく。  そうして魔族を追い払った神々は、この世界を荒らすだけ荒らすと、それだけで満足したのだろうか。この世界には固執せず、神々も去っていく。  ただし、この世界を放置もしなかった。代わりの住民として、神々の(しもべ)たる者たちを残していった。  それが現在「人間」と呼ばれる種族だという。 「この桜という木々も我ら魔族と同じく、先住の植物。神々が侵略してきた際、我ら魔族と一緒に駆逐され、その数を大きく減らしたのだ。だから……」  魔王は改めて、桜の花に視線を向ける。その目には、深い悲しみの色が宿っていた。 「……神々が人間に与えたどころか、桜は我ら魔族と密接な繋がりを持ち、我ら魔族こそが()でた花なのだ」    
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加