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「な……!」
アノードは、言葉にならない声を上げる。剣を持つ手も、自然にぶるぶると震えていた。
魔王が語ったのは、とても信じられないような話だった。
もしも魔王の言う通りだとしたら、魔族が今回この世界に現れたのは侵略ではない。ただ先住民族が帰ってきただけ、いわば里帰りということになる。
ならば人間側ではなく、魔族側にこそ大義があるのだろうか?
アノードの心の中で一瞬、何かが揺らぎ始めるが……。
あくまでも一瞬だけだった。
固い決心と共に、彼は考え直したのだ。
もしも本当だとしても今更ではないか、と。
既にこの地上は人間の世界。今更「どけ」と言われても退くことは出来ないし、その必要もないのだ、と。
アノードの逡巡を知ってか知らずか、魔王は少しの間ただ黙って桜を眺め、それから再び口を開く。
「ここの桜が最後まで咲いているのも、我の話が嘘ではない証の一つだ。桜の開花時期を過ぎても咲いているのは、我がこの場所に留まっているが故。我ら魔族の魔力を自然に吸収するのが、桜という植物の特性だからだ。しかし……」
ここで魔王は、アノードの方へと向き直った。
「……最後に残ったこの桜も、もうすぐ散ってしまう」
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