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夜空に浮かぶ月の光は庶民にも高貴な者にも、あるいは人にも人でない者にも、等しく降り注ぐ。
それは今夜も王宮の中庭まで届き、そこで花咲く桜の木を美しくライトアップしていた。
王宮を構成する建物はいくつかの棟に分かれているが、ちょうどそれらに囲まれる形で、外部からは見えない位置にある中庭だ。いわば王族専用で、玉座の間からも見下ろせる立地なのだが……。
現在の王宮の主は、わざわざ中庭まで出て、桜の木の側に佇んでいた。
長い杖に手をかけたまま、若干見上げるような角度で、ピンク色の花々を眺めている。肌の色は青く、長めの銀髪をオールバックに整えて、紫色のオーバーオールを着込んだ上から、裏地の赤い黒マントを羽織っていた。
「ここの桜も、そろそろ見納めか……」
そう呟きながら、青い肌の男は溜め息をつく。
様々な想いが込められている声だった。杖を握る手にも、自然と力が入る。
そのまま少しの間、身じろぎもせず何も言わず、ただ静かに時間だけが流れていくが……。
そんな静寂を破ったのは、無粋な足音だった。
乱暴にガシャンガシャンと音を立てながら、金属鎧を着込んだ男が、中庭に飛び込んできたのだ。
背中を向けたままの相手から十数歩の距離で立ち止まると、中庭に入ってきた男は、腰の鞘から剣を引き抜く。
きらりと赤く輝く刃。その切っ先を青い肌の男へと向けて、金属鎧の男は叫ぶのだった。
「見つけたぞ、魔王! この勇者アノードが、貴様を討伐する!」
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