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待ち合わせの場所は賑やかな港町だった。
太陽に追い越される前に公園の隅に自転車を停めると、メモの地図を見ながら僕らはそこに辿り着いた。
「おーい。こっち」
車の運転席から幸ちゃんが手を振った。僕らがドアを開けて乗り込むと、間髪を入れずにレミが口を開いた。
「幸ちゃん、焼き肉がいい」
「そう言うだろうと思って予約しといた」
「さすが! じゃ、行こう」
「はいはい。月末でよかったよ。まだぺーぺーなんだから、稼ぎは少ないんだぞ」
幸ちゃんは楽しそうにハンドルを切った。
日曜日の夕方、食べ放題のお店は家族連れでごった返していた。肉が焼ける音と匂いがそこらじゅうに広がっていて、テーブルで交わされる会話には幸せがあふれていた。
席につくと早速注文をして、レミはすっかり臨戦態勢だ。キムチやチャンジャをつまみながら、僕らは近況を報告しあった。
「じゃあ、二人で一緒に住むのか」
タンとカルビを焼きながら、幸ちゃんが尋ねた。
「レミを一人には出来ないでしょ」
「そりゃそうだ」
「それ、どういう意味だよ」
実際にはうまくやれるんだろうけど、レミには生活感というものがまるで似合わない。そもそも常識に囚われないで生きてる彼を見て、周りがひやひやしているだけなのかもしれないが。
「律は大学行くんだろ」
「うん」
「レミはどうすんだ。まさか進学するのか」
「なわけないじゃん。俺はカラダで稼ぐんだよ」
「ははっ。おまえらしいな」
レミのドヤ顔に幸ちゃんが吹き出した。
「でも、体を壊したら何にもならない。それは律も同じだぞ」
「うん。わかってる」
「幸ちゃん。先生、楽しい?」
「ああ、うん。大体な」
「どんなとこが?」
「そうだな。生徒とアホな話をしてる時かな」
「それでよく先生が務まるな」
レミがすかさず突っ込んだ。幸ちゃんはレミの額を軽く小突いて笑った。
「言ってくれるな。でも、あそこでもそうだったろ。みんなでバカやってる時が一番楽しかったし、今でもはっきり覚えてる」
幸ちゃんはあの頃を懐かしむような、優しい眼差しになった。
彼は僕らの頼れるリーダーだった。行事や勉強だけじゃなく、遊びや悪戯、犯罪すれすれのことまで僕たちに教えてくれた。
施設の行事はいつもみんなに役割を振って、誰よりも盛り上げた。放課後や休みの日に勉強を見てくれたり、それが終わると遊びに連れていってくれた。
当直の職員さんが寝入ったところを奇襲をかけたりもした。木の上に秘密基地を作って、みんなで押し掛け、危うく枝が折れそうになったこともあった。
魚釣りもキャンプのいろはも、幸ちゃんの知らないことはなかった。
幸ちゃんは高校二年生の時に里親さんに引き取られていった。子どものいない夫婦が面会に来て、彼をすっかり気に入ってしまったのだ。
あの時の別れは僕たちにとってとても寂しいものだったけど、幸ちゃんはそれからも年に何度か施設を訪ねてきてくれた。本当に彼は僕たちの希望の星だったのだ。
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