旅立ちの朝

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旅立ちの朝

 三月最後の日曜日は、朝から晴天だった。  デジタル時計のアラームを止めて、僕はベッドに起き上がった。窓から見える朝は始まったばかりで、小鳥の囀りがあちこちで響いている。まだ眠かったが、視界の端に青空を認めて、今日は大切な日だということを思い出すと、僕は準備を始めた。 肩掛けの鞄には三日分の下着と靴下、それとすりきれるくらい着倒したお気に入りのシャツが詰めてある。トレーナーにカーゴパンツを身につけて、スニーカーの紐を結び直した。まだ天気は不安定な季節だから、ジャンパーを羽織れば完璧だ。生活に必要なものは向こうで買い足す予定なので、あとはタオルがあれば数日はこと足りるはず。 そして、琥珀色の革の財布には二万円が入っている。今まで手にしたことのない大金だ。餞別で受け取った分は、先日開いた銀行の口座に振り込んでもらった。明細に記された残高を確かめて、僕はそれも財布にしまった。 ベッドサイドに残っているチョコレートの大袋を、逆さにして布団の上にあけた。食べ終わった包み紙もいくつか混じっている。 また レミだな あんなに綺麗でカッコいいのに、どうしてこうもだらしないんだろう。ため息をついてゴミを選り分けながら、でもわりと几帳面な僕は彼のことを嫌いにはなれない。 いや、むしろ大好きだ。ここを出て一緒に暮らしたいと望むほどなのだから。何かの基準から大きく外れるのは、その人の魅力を増すことでもあるのだ。  レミは僕と同い年の十八歳だ。 この児童養護施設で兄弟のように育ってきた。 彼はとても整った綺麗な顔立ちで、その髪や肌の色は異国の血筋を思わせた。肩まで伸びた少しゆるくカーブする癖っ毛を纏い、ふわっと笑うと女の子みたいに可愛くなる。 ここに来る理由は子どもの数だけあると言っていい。 僕は両親に遺棄されたが、レミの事情はよく知らないし、本人もあまり覚えていないようだった。 だけど、少なくとも僕と彼が出会えたことと、その理由がレミから無邪気さを奪わなかったことにだけは、感謝してもいいと思っていた。 高校を卒業すると、僕らは施設を出なければいけない。法律や大人に守られるのは十八歳までだ。二十歳との狭間にある約二年間の空白期間を抱えたまま、僕らは世間に放り出される。それでも最低限のお膳立てをしてくれる施設の人たちは、とても親切だと考えていた。
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