幸せの裏返し

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幸せの裏返し

 ここから二百キロほど離れた街で、僕たちは新しい日々を始める。僕は奨学金で大学に通い、レミは「体を張る」仕事を探すのだ。今どき掘り出し物の六畳二間のオンボロアパートに、二人で暮らしながら。 仲良しだけど、僕とレミの共通点は驚くほど少ない。 僕は勉強が得意で高校まで首席で卒業したが、レミは授業もろくすっぽ受けやしない。課題も締切を守ったことがないし、自室で勉強している姿を見たこともない。それでも不思議なことに留年はしないそこそこの成績で、高校の卒業証書を手に入れた。 性格も真逆で、二人でいる時は交渉はレミに任せきりだった。容姿だって言わずもがなだ。僕は黒髪だし平凡過ぎて何の特徴もない。 でも一度だけ、レミに言われたことがある。 『律。黒曜石って知ってるか』 『ううん』 『黒いガラス質の宝石なんだけど、表面が虹色に光ってる。律の瞳に似てるんだ』 『そんな大層なもんじゃないだろ』  きらきら輝くレミに宝石だなんて言われて、僕は照れ臭くなって乱暴に言い返した。 『ホントだって。虹だけじゃなくて、他に銀河も雪も花もその中に納まってるものがある。あんなに綺麗な石は他に知らない。一度見せてあげたいよ』  グランマがいつも身に付けていた首飾りも黒曜石だったと彼は言った。気持ちは嬉しかったが、僕がレミより価値があるなんて思えなかった。それは今でも変わらない。  左手に海を見ながら進んだ。 道は時々曲がりくねってはいるけれど、勾配はなさそうだった。レミは息を切らさずにすいすい漕いでいく。 出発の時に心もとなくて思わず掴んでしまったが、スピードもないし、そんなにしがみつく必要はない。 僕は腕の力を少し緩めた。あまつさえその腕を外そうかと考えてると、レミの笑い声が聞こえた。 「なに。くすぐったい」 「あ、ごめん」 「もぞもぞするより、ぎゅってしてくれてた方がいい」 「わかった」  僕はまたレミにくっついた。細い背中に頬を当てて目を閉じる。瞼越しに朝陽の光を感じ、潮風のにおいを吸い込んで、僕は安堵の息をついた。
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