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「ねえ。あれ可愛くね?」
しばらくしてレミが自転車を停めた。彼の指差す方を見ると、女の子と茶色の大型犬が砂浜を散歩している。遠目だが犬種はゴールデンレトリバーで、女の子は僕らと同い年くらいに見えた。
「触りたい」
レミは無邪気に笑うと僕を荷台から下ろし、スタンドを立ててさっさと海へ続く階段を駆け降りていった。
犬の話だよな…?
きっと女の子の方が彼に興味津々だろうと思ったが、レミは意外と異性とは距離を置く。それでもちゃんと仲良くなれるスキルは持ち合わせているから、僕にしたら神業でしかない。
自転車の鍵をかけて鞄を抱えた僕が、二人と一匹に近づいた時には、レミはもうすでに犬を手なずけていた。
「ジョニー。こら、やめろ」
砂浜に寝転んだレミにゴールデンレトリバーがじゃれついている。ふさふさした尻尾を左右に振っているのは親愛のしるしだけど、大型犬は体重があるから、僕ならおっかなびっくりでとても無理だ。
動物は好きな方だけど。
ジョニーも僕が怖じ気づいてるのがわかるのか、こちらを一瞥しただけでレミのそばを離れない。僕はリードをもて余していた女の子に小さく会釈した。
「彼の友達?」
「うん、まあ…」
「ジョニーが彼を気に入っちゃって。帰るのが遅くなりそう」
言葉のわりには嫌がったり怒ったりはしてなさそうだった。ホントにレミは憎めない。
「ごめんなさい」
「あなたが謝ることじゃないわ」
彼女はにっこり微笑んだ。
笑ってもそうでなくても可愛い顔だった。ダンガリーシャツにスキニージーンズで、裸足にスニーカーを合わせている。レミと同じ匂いがする子だなと思った。
僕だけ嵌まらないパズルのピースになった気分だ。
彼らが優しい分だけ少し惨めになる。
ジョニーまでも幸せの象徴みたいだし
『律みたいに頭のいいヤツが世の中を変えるんだよ』
施設長さんは僕にそう言った。だけど、僕はテストで満点を取ることはあっても、レミみたいに誰かの気持ちを変えることは出来ない。
本当は何か用事があって早く帰りたいのに、愛犬は見知らぬ男の子に夢中で呼んでも戻って来ない。それでも、仕方ないなあって、一人と一匹が戯れている様子を楽しそうに眺めている。
世の中を本当に変えていくのは、そんなふうに誰かの気持ちを巻き込んで、自分の思う通りに進めていく力じゃないかと、僕はずっと思っていた。
そしてレミには生まれつき、そんな魅力が備わっているんだ。
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