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レミはジョニーと砂浜でかけっこを始めた。ジョニーに回り込まれると、レミがくるっと向きを変える。その繰り返しは、犬同士が遊んでいるようにも見えた。
「どこから来たの」
手持ちぶさたの彼女が尋ねてきた。
「岬の近くだよ。これからもっと北の方に行くんだ」
「へえ。もう旅行だね」
そうだよ
これは僕たちの生まれて初めての旅なんだ
「道草ばっかり食ってたら、いつ着くのかわからないけどね」
「でも、楽しそう」
僕は何だか誇らしい気持ちになって、いつもより饒舌になった。僕が話すと彼女が相づちを打って、声を揃えて笑ったりもした。
「律。もうお昼だよ」
そんなに時間は経ってないのに、まるで僕がレミを置いてきぼりにしたみたいに、彼は少し不貞腐れた顔で僕に声をかけた。ずいぶん勝手だ。でも、やっぱり僕は怒れない。レミはそれをわかっていて甘えてくるけど、やり過ぎたりしないから。
「ああ、行こうか。お腹すいたね」
レミとじゃれ合って少し気が済んだのか、ジョニーが僕に近づいて来た。そっと手を伸ばすと僕の指先の匂いを嗅いで、おざなりにぺろっと舐めてくれた。
「ジョニーも行くわよ」
「マナ、ありがとう。またね」
レミはにっこりして彼女に手を振った。
彼女は微笑みを絶やさずに愛犬と歩いていった。
ほら。
こうしてみんなは、いつの間にかレミに心を許してしまう。「またね」があるかなんてわからないのに、あるんじゃないかって思わせる。でも多分、もう二度と会うことがなくても、レミは嘘つきにはならないんだ。
僕は彼女の名前なんか知らない。聞き出せもしないし、彼女も言わないからだ。
それなのに、二人になるとレミは僕に驚くことを尋ねてきた。
「彼女の連絡先は聞いたの」
それは僕が彼に聞こうと思っていたことだ。
「いや。そんなこと考えもしなかった。それに僕らはスマホ持ってないしね」
「そう」
ふいっと顔を背けて先に歩きだした彼の口元が、緩んで僅かに嬉しそうな色を見せたのは、気のせいじゃなかったと思う。あんな可愛い子に妬くなんて変なヤツだなと思ったけど、悪い気はしなかった。
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