前編

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 それなのに――ククルルは、どうしても思ってしまうのだ。 (人間に会ってみたい、話しをしてみたい。だって、僕はもう動ける。自分の意思で喋ることが出来るから)  だから、もしかしたら。  ずっとずっと望んでいたことを、叶えられるのではないか。  昔以上に人と繋がり、笑い合うことなんかも出来て。  呪いのように運命に縛られるのではなく、この名前の通りに、自由に生きれるかもしれない。  それに、ここは大切な場所だけど、良い加減同じところにいるのも飽きてきた。  最初は近場に行くだけでも、視点が変わって面白かった。  しかし、次第に行動範囲が広がる内に新鮮味が薄れ、体を動かせる楽しさも相まって、ククルルはもっと遠くへ行ってみたいと思うようになったのだ。  特にカンナが時々話してくれた“海”とか“火山”を見てみたい。  きっとカンナと見るその光景はとても綺麗だ。  カンナといるといつも楽しいから、間違いない。 (ああ、行きたい、見たいなあ)  日に日に思いは強まるばかりだ。  ククルルは思い悩んだ。  長い間、悩んで悩んで……ある時、思いきってカンナにその事を話してみた。  すると案の定、カンナは反対した。 「いけないわ、ククルル。私はともかく、ククルルが危ない。ククルルの体は大きいから……」 「ならば、カンナ。僕の体を小さくすることは出来ないか? 君と同じような小さな体だ。そっちの方が何かと都合が良いことも多いだろう」 「……それも出来ない」 「何故?」  ククルルは問う。 「魂にはそれに見合う器というものがあるの。元々貴方の魂は大きすぎるわ。貴方の体を小さくした途端、貴方の魂は弾けて消えてしまう。これは仕方がないことなの。だから、ククルル。このまま一緒にいましょうよ。今のままでも十分楽しいじゃない。外の行く必要なんか、何処にも――」 「――カンナ。君は僕に、夢を諦めろと言うのか?」 「……」  カンナは黙ってしまった。  それが答えになってしまった。  ククルルは思わず軽蔑した眼差しを向けていた。  それは初めて認めてくれた相手から、否定されてしまったからかもしれない。  普段ならば言わない酷い言葉もポンと飛び出してしまう。 「カンナ、君は無責任だな」 「っ!?」  ショックを受けたようにカンナがビクりとする。  ククルルの怒りは止まらない。 「勝手に助けて、僕に体を持つ喜びを教えて。その上で僕が今までどんな思いをしてきたか知っているくせに、あんまりじゃないのか? ……これならば、僕のことを最初から見捨てていれば良かった。君はどうして、僕にこんな残酷なことをする」 「それは……だって私は……」  いつもは明るいカンナが、この時ばかりは激しく動揺していた。  目を左右に泳がせている。  ククルルはそんなカンナを見下ろし、やがて彼女の元を離れた。  その顔を見たくなかった。  しかし、数日後。  その頃になると良い加減頭も冷めてしまった。  ククルルは勢い任せに言ってしまったことを後悔する。  なんて酷いことをと、頭も抱えた。  大体、カンナの言っていたことは、大方が正論じゃないか。  しかもこれまでの彼女の気持ちも考えなかった。 (カンナは僕と正反対なのに)  ……そう。  カンナはククルルと違って、ここにいたがっている。  カンナにとって、この小高い山はやっと見つけた安息の地なのだ。  そしてククルルは唯一無二の理解者であり友達。  カンナにはそれだけがあれば良いのだろう。  きっと、他には何も望んでいない。  何かを掴むことを諦めてしまっている。  それは彼女の異常性に起因している気がした。  ククルルでさえ分かるのだ。  カンナは普通の人間ではない。  半年は一緒にいるが、彼女は一切食事を取らないし、排泄もしない。  髪も爪も伸びない。寝たりはするけれど体力は無尽蔵だ。  他にも違和感は沢山。  そのために迫害を受けてきたのだろう。  ククルルはなんとなくカンナの正体に気づいていた。  彼女が何故ククルルの声を聞き、助けたのかも。  すべてが正しければ、余計にククルルを心配するのも道理に合っている。 「……」  ククルルは空を見上げた。  いつの間にか夜になっていた。  まん丸なお月様に、無数に瞬く星々の煌めき。  なんて綺麗なのだろう。  今、手を伸ばせば届くだろうか。  前はそんなことを思いもしなかった。 『ねえ、ククルル。知ってる?』  カンナの言葉を思い出す。 『あの月は、実はあの星達と同じなんだって。この大地も、虚空に浮かぶ星屑の一つなのよ』  ククルルは驚いた。  嘘だと疑ってしまう。 『それは本当なのか、カンナ。だって大きさも、明るさも、全然違うじゃないか』
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