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『それは見る視点が近過ぎるからよ。遠くから見れば、大してこの大地も月も変わらないわ。お父様がそう言っていた』
魔術は占星にも通じる。
カンナの父は星の研究者でもあった。
『そうなのか。ならば世界とは、本当はとてもちっぽけなものなのかもしれないな』
『ええ。すべては仲間で、一つなの。私達はこの宇宙という揺籠の一部なのよ』
カンナは寂しそうに笑っていた。
きっと彼女は悲しんでいた。
でも宝石みたいな目から涙を流しはしなかった。
『……皆、本当は違いなんて一つもないはずなのに。どうして争い合うのかしら。分かり合える未来なんて、もう……』
ククルルはカンナの失望の声を覚えている。
ククルルは改めて、カンナのこれまでのことを思った。
そして、素直に謝ろうと思った。
ちょっと名残惜しいけど、それでもカンナには感謝しているから。
カンナといたいと思っているのは、ククルルもまた同じなのである。
そうして、カンナの元へ行こうと思った、その時だった。
ククルルは見た。
見てしまった。
遠く、揺らめく炎の群れを。その明かりは煌々とその姿を浮かび上がせていた。
(あれはまさか……)
ククルルはその巨躯のおかげで遠くものがよく見えた。
炎の群の正体は軍隊だった。
おそらく敵地か何かへ向かう途中だろう。
将たる騎士を先頭に、見たこともない国の旗と松明を掲げ、何百もの兵士が馬に跨り、山道を渡っている。
奇跡的にこちらには気づいていないようだ。
ちょうどククルルは隠れるくらいの高い岩肌の側にいる。
おまけに夜だし、一方的にククルルが軍隊を見ている形だ。
(ああ……)
本当はこのままではいけないのだと分かっている。
彼らの進行方向はこの小高い山だ。
早くカンナに知らせなければならない。
だが、ククルルは彼らを凝視し続けていた。
ないはずの心臓が、脈を打っているようだった。
なにせ、こんな大人数を見るのは久方ぶり。
カンナと会った時程じゃないにせよ、焦がれる気持ちに変わりはなく。
元々思い悩んでいたのもあって、ククルルは欲望を抑えられずに動き出した。
当然、どうなるのかは分かり切っていたくせに。
そんなことは綺麗さっぱり忘れて、彼は希望を持って軍に近寄る。
そうして、ズシン、ズシン。
地鳴りが鳴った。
馬が嘶く。軍隊は何事かと立ち止まった。
彼らは恐怖を持ってそれを見上げる。
「な――」
声を失うことを、誰が責められようか。
それは異様な巨体。石の巨人。
ギョロリとした目で徐々に歩み寄ってくる。
こんなものは、伝説の英雄譚でしか見たことがない。
彼らがパニックになるのも無理もなかった。
結果――
「魔法を、弓を、放てええ!」
恐怖で錯乱した将が叫んだ。
ククルルがハッとなって止まる。
(しまった)
そう思っても、もう遅い。
甲冑を着た兵が弓を構えた。魔術師部隊が呪文を唱えた。
次の瞬間、幾多もの矢と魔術の雨が降り注いだ。
それらはすべて一直線にククルルに向かい、炸裂し……はしなかった。
その直前、何か小さなものが空の向こうからやってきて、魔法陣で防いでしまったからだ。
その正体は、言うまでもなく。
「カンナ……」
少女は一瞬、気まずそうな顔で振り返った。
しかし次の人間達の騒めき――「化け物」、「怪物」、「魔術師の人形」。
その言葉で視線を前に戻した。
それは一体誰に向けられたものだろう。
ククルルでさえ胸が抉られるように痛くなった。
カンナはただ慣れているように無表情で、風に金糸の髪を踊ろさせながら、その手に持つ杖を軍に向けた。
幾つもの落雷の矢が落ちた。
上がる人間と馬の悲鳴。
軍の兵達は焼かれ、穿たれ、免れたとしても山道は耐えきれずに崩落する。
彼らは崩れた道の底へと消えていった。
後には何も残らない。
ククルルはカンナの強大な力に、唖然となっていた。
「……何処も怪我はない? ククルル」
やがてカンナが、再びククルルへ振り返った。
カンナは酷く怯えているように見えた。
それでククルルもまた気まずい思いをした。
けれど、彼女はこんな自分を助けてくれた。
感謝を、そして謝罪を伝えなければならない。
「ありがとう、カンナ。そして、すまない。僕のせいで、君にやらせたくないことをしてしまった。随分と酷いことも言ってしまって……」
「いいえ。貴方に何も咎はない。こちらこそ本当に申し訳なかったわ」
カンナは首を振った。
「……それよりも、ここを離れた方が良い。あの旗は大国のものよ」
「大国?」
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