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外に出てから初めての思いである。
それに、なんとなくだが、その方がカンナにとっても良い気がした。
常々、カンナにも、もっと人を信じてもらいたいとは思っていたのだ。
前はカンナを思って遠慮しようとしていたのだが……しかしククルルは、人を信じなくなった者がどうなるのかも、知っていた。
その末路から言わせてもらうと、このまま現実から逃げていても、どうしようもないのは事実なのだ。
機会が巡ってきた今……カンナが変われるチャンスかもしれない。
ククルルはもう一度、カンナと向き合うことにした。
今度はちゃんと失敗しないように。
そして、ククルルは悩み抜き、言葉を選んだうえで、カンナと話した。
それは一日どころか一週間にも及んだ。
カンナがククルルの提案に拒絶したからだ。
しかしククルルは根気強く、カンナを説得した。
「これは君を思ってのことだ、カンナ。身勝手なことだとは分かっている。だが、僕はこのままで良いはずがないと思うんだ。どうせ僕らの存在も隠せないし、こうなったらこの村と共存するしか道はない」
「けど、ククルル。そう簡単に言っても、現実はそんなに甘くないわよ。今までの人間達の対応を見てきたでしょう? 上手くいきっこないわよ。他の道を考えましょうよ」
カンナは必死な様子で、ククルルを言い任さそうとしていた。
それが悲しくもあり、哀れでもある。
ククルルはちっぽけな彼女へ、その瞳を細めた。
「……カンナ」
「……なあに」
「きっと追っ手はやってこないよ。ここが第二の、君にとっての安息の地になるんじゃないか」
その証明こそが、あの平和な村。
ずっと生き残ってきたということは、よっぽど大国にとって盲点の場所だということだ。
そう簡単には見つからない。
事実、連日来ていた追っ手がぱったり途絶えている。
「そこで、今度こそ君も幸せになって欲しいと僕は思う。それで上手くいかない時は――」
ククルルはそこで、はっきりと言い切った。
「僕が、命をかけて君を守ろう」
カンナが目を見開いた。
ククルルの本気が伝わったようだ。瞳を揺らし、その迷いを映し出す。逡巡した顔で俯く。その胸にはきっと複雑な思いがあるに違いなかった。
けれど、やがて根負けしたように、頷いた。
「分かったわ。もう一度、希望とやらに手を伸ばしてみるわ」
後日である。
いつものように、さあ今日も遊ぼうと意気揚々と海にやってきた子供達。
しかし彼らはそこに着いた途端、びっくり仰天した。
いつの間にか見知らぬ影がいたからだ。
しかもその見知らぬ影は、見たこともない金髪で、ローブを着てて、緊張のあまり固まっている。
そう、何を隠そう、その正体こそは魔術師の少女、カンナである。
彼女はまず、いきなり村に接触するのではなく、異質なものも受け入れやすい純粋な子供達から触れ合うことを選んだのだ。
ちなみにククルルは離れたところにスタンバイしていた。
魔術で姿を隠し、カンナにエールを送っている。
そのエールを受け、少女はコホンと一つ、咳払い。
そして、
「……コ、コンニチハ!!」
と、まるで体が出来上がったばかりのククルルのように、不自然に片言でぎこちない挨拶をした。
当然、子供達は訝しんでいる。
仕舞いには顔を見合わせて、「何、コイツ」
「……」
ガガーン!! とカンナがショックを受けたような顔になった。
ククルルはあちゃー、と思った。
どうもカンナはコミュニケーションが苦手らしい。ククルルは同族だから普通に話せるのだろうが、人間相手だとどうにもならないのだろう。
しかしここはカンナ自身が頑張るしかない。
再び、ククルルはエールを送る。
カンナはギロりとククルルを睨んだ後、もう一度、言った。
「こ、こんにちは」
「ああ、うん。こんにちは。で、お姉ちゃん誰?」
「わ、私は――」
子供の問いかけに、少女は何と答えたら良いか迷っているようだった。
だが、彼女には既に呼び名がある。
石の巨人が授けてくれた、大切な名前が。
それを少女は、初めて個人として他人に名乗った。
「カンナ……」
「カンナ? 不思議で綺麗な名前だね」
「……!」
子供は何処までも純真な存在だった。
だからこそ、その言葉はするりと胸に届く。
カンナは褒められて、満更でもなさそうな笑みを浮かべた。
彼女の顔は綺麗だから、それだけで子供達も虜になるみたいに、目を輝かせた。
「カンナ! せっかくだし遊ぼうよ! 俺様はイアンってんだ!」
「私はジェシ、こっちはスルミナよ」
「僕、エルガ!!」
それぞれが名乗り、子供達はカンナの手を引っ張って駆けていく。
上がるのは無邪気な笑い声。
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