前編

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前編

 あるところ、小高い山の上に一つの塔があった。  石のレンガで作られた立派な塔だ。  いつ、誰が作ったのかは知られていない。あんまりにも古かったから、誰にもそれは分からなかった。  けれど、とても大きくて立派だったので、実に様々な用途で使われた。  ある時は展望台として、ある時は呪われた姫を閉じ込める檻として。またある時は魔女が住み着き、またある時は貧乏家族の隠れ家になった。処刑代を補完する倉庫となった時もある。  長い間、塔は己の中に住む人間の姿をずっと見守り続けてきた。  またそれだけでなく、麓の町をも見下ろし続けた。  そうしている内、塔の中にある変化が起こっていた。  ずっと使われてきたからか、いつしか魂とも呼ぶべきものが、宿っていたのだ。  仮に喋れたとしたら、自らの願望をこう口にするだろう。  このままずっと、人間を見守り続けたい。  そう、塔は人間のことが大好きだったのだ。  人間に囲まれているのが塔の幸せだった。  しかし人とは移ろいやすい生き物である。  次第に塔の中から人は離れ、町は過疎化していった。  五十年もすれば塔の周りに人はいなくなる。  塔は取り残されたのだ。  そうして一体、何年、何十年時が経ったのだろう。  いくら頑丈とはいえ、手入れもされないせいか、流石の塔もぐらつき始めた。  そこにトドメと言わんばかりに雨が降る。  最初は小雨だったが徐々に雨足は強くなってきた。  同時に風が轟々と吹き荒れ、雷がおどろどろしく雷鳴を響かせる。  これは嵐だ。  塔は嵐に巻き込まれたのだ。  こうなると塔になす術はない。  バリバリ! ビシャーン!!  そして必然ともいうべきか。  一瞬、白い光が世界を焼いたと思うと、一筋の巨大な落雷が塔の頭上目掛けて落ちてきた。  それは神が罪人に降す、裁きの鉄槌のよう。  塔はガラガラと音を立てて崩れ落ちる。  本当にあっという間の出来事だった。  やがて嵐は数時間して治った。  幸い、山は氾濫を逃れて無事だった。  しかし塔の残骸は惨憺たる有様だ。  石のレンガが散乱し、その立派な姿は見る影もない。  それでも尚、塔の中の意思は生きていた。  強固な意志がそこにあったのだ。  塔は崩れ落ちてこう思っていた。  なんて自分は惨めなのだろう。  何で、どうして、こんな目に。  塔は今までずっと、人間が帰ってくること、それをただひたすら望み、途方もない時間、ここで一人待っていたのである。  だって彼には歩くための足も、喋れる口もないから。  何も出来ないから、塔は我慢するしかなかった。  しかし、その果ての結末がこれである。  きっと人間ならば涙を流した。  悔しい。悔しい。悔しくて、悔しくて、たまらない。  こんな体はもういらない。  自分も皆みたいに、自由に動くための仕組みがあれば良いのに。  だが、希望が叶わないのが現実なのである。  そのまま残骸として、また何年も、何十年も……。  それから変化があったのは、実に百年の歳月を経てからだった。 「……そこに誰かがいるの?」  現れたのは、一人の美しい少女だった。  その整った造形美はまるで人形のよう。  金糸の髪はゆるく流れ、紺碧の瞳は宝石みたいにキラキラとしていた。  そして魔法使いのローブと帽子、それから老木で出来た長い杖を持っている。  少女が近づくと、消えかけていたその意思は、途端に震えた。  一体いつぶりだろう。  人を見るのは。しかも、こちらの存在に気づいている! (ああ……あああ……あああ……)  意思は声なき声を上げた。  嬉しい。寂しい。ずっと待ち焦がれていた。  そんな切望を込めて。  それに少女は、ゆっくりと頷くのである。 「聞こえているよ。貴方はちゃんとそこにいるんだね」  少女は優しく微笑みかけた。  それだけでもう、心がいっぱいで、更に意思は声を上げる。  少女は杖を振り上げると、言った。 「無垢なる貴方のために、体を授けましょう。動けぬ貴方のために、器を創りましょう。万物は流転し、森羅万象は巡る。今こそ、すべては一つにならん。さあ、この者にどうか救いを――」  すると、なんということだろうか。  霊脈が震え、残骸に力を与える。  何十もの石の瓦礫が宙に浮いた。  それらは生きてるみたいに動いて集まり、その巨大な体を作っていく。  足りない部分は周りの土がいくつか抉れて補強された。  そうして出来上がったのは、石のレンガでできた巨人だ。  崩れ落ちた塔は、巨人に生まれ変わったのである。 「……! ……!」  石の巨人は自らの変貌ぶりに驚愕した。  再構成された体をおっかなびっくり動かしてみる。
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