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智可とすごした週末は幸せだった、と思い出すだけで口もとがにやける。外まわりで取引先に向かう途中で智可の会社の近くに差し掛かった。
「会いたいな……」
ぽつりと呟いたら信号が赤になった。横断歩道を渡っていく人を見ていると智可を見つけた。もう正午すぎなのでランチに行くのかもしれない。手を振ったら気づいてもらえるだろうかと手をあげかけて、これは恰好悪いかもしれない、と手をおろした。
可愛い智可を見つめたら、智可がひとりではないことに気がついた。背が高くて、誰から見ても恰好いい男性とふたりで歩いている。智可は極上の笑顔を見せていて、その男は誰だ、と唇を噛む。すると男が智可の髪に触れたので思わず拳でハンドルを叩いてしまった。なにかをつまんで取ったように見える。ごみでもついていたのかもしれない。ごみはいい。それよりも男がにやついているように見えて腹が立つ。
「くそっ」
今すぐ車から飛び出して間に割って入りたい。そして「智可は俺のものだ」と宣言したい。
でもそれはさすがにまずい。仕事中だし、なにより智可に迷惑をかけてしまうかもしれない。
ぐっと奥歯を噛みしめて我慢するが、あまりに仲がよさそうに歩いているふたりにいら立ちを覚える。
「そうか」
智可が可愛いからあの男は狙っているのだ。気をつけるように言わなくては――そう考えて、もしかしてこれはものすごく恰好悪いだろうかと悩んでしまう。本当に恰好いい男はこういう状況でも動揺しないのかもしれない。でも智可がにやついたいやらしい男の毒牙にかかりそうなのに気づいていながら黙っていることなどできない。
しばし悩むけれど、信号が青になりふたりから視線を逸らす。
智可の可愛らしい笑顔が頭の中でぐるぐるしていた。
週末、智可がいつものように俺の部屋に遊びに来た。それまでにメッセージで聞こうとしてやはりやめるということを毎日繰り返した。
「忠則さんが前においしいって言ってたシフォンケーキ、また買ってきたよ」
「ありがとう……」
紅茶を淹れながら頭に浮かぶのは智可とあの男の姿。楽しいおうちデートなのに、あのときの様子が脳裏にこびりついて離れない。
聞いていいだろうか。聞いたら恰好悪いだろうか。
「どうしたの?」
ずっと悩んでいたら智可が不思議そうに俺を見つめていた。このまま黙っていたら心配をかけてしまうかもしれない。勇気を出して口を開く。
「智可の会社に恰好いい人いる?」
「恰好いい人?」
唐突な質問に智可は首を傾げながら斜め上を見る。しばし考えた後、智可は首を横に振る。
「いないなあ」
「……」
そんなはずはない。あの男はとても恰好よかった。隠すということは、なにかやましいことがあるのだろうか――そう考えてはっとする。智可を疑ってはいけない、と自分を叱り、それでも問いを重ねてしまう。
「本当に?」
「うん。なんで急に?」
言っていいのだろうかと悩んでいたら優しく手を握られた。
「言いたくないなら言わなくていいけど、俺は忠則さんが心配だから話せそうだったら教えて?」
「……うん」
智可の優しさに背中を押されて口を開く。
「水曜日に智可の会社の近くを車でとおったんだけど」
「うん」
智可は表情を変えずに頷く。
「そのとき、智可が恰好いい男の人とふたりで歩いてるのを見たんだ」
「恰好いい男の人?」
誰だろう、と首を傾けながら呟いているので本当になにもないのかもしれない。でもあの男には下心があったに違いない。
「水曜日なら部署の先輩かな。恰好よくないけど」
「……」
あの男が恰好よくないはずがない。部署の先輩ということはいつも智可のそばにいるのだ。なんだかもやもやする。
「その先輩、智可のこと好きだよ」
「まさか」
「だって智可のそばにいて、にやついていた」
思い出すだけでふつふつと腹が立ってくる。
「気のせいだよ」
智可は笑っているけれど俺は笑えない。恰好いい男を恰好よくないと言ったり、明らかな好意を否定したり、裏はないと思いたいけれど勘ぐってしまう。
「もしかして嫉妬してるの?」
嫉妬……確かにそうかもしれない。智可のそばにいられる存在に嫉妬せずにいられない。もやもやの原因はそれだ。
「……嫉妬なんて恰好悪いよな」
苦々しい気持ちになると、智可はきょとんとする。それから笑い出して、俺の頭を胸に抱き寄せる。なだめるように髪を撫でられて智可のにおいを感じると心臓が大きく跳ねてしまう。
「忠則さんは恰好悪くなんてない」
「そんなわけない。恰好悪いところばかり見せてる」
髪を梳く手つきが優しくて心地よい。目を閉じると額に柔らかなものが触れた。
「なに言ってるの。嫉妬なんて全然恰好悪くない。忠則さんは世界一恰好いいんだから自信もって」
「世界一?」
「優しくて甘やかしてくれて、料理も得意で、俺がなにより大好きな素敵な人だよ。そんな忠則さんが恰好よくなくて誰が恰好いいの?」
信じられない言葉に瞬きを繰り返してしまう。智可はそんな俺を微笑んで見ている。
「俺、恰好いい?」
「すっごく恰好いい」
「……あの恰好いい男の人より?」
また恰好悪いことを言ったと自覚はあるけれど、聞きたかった。聞かずにいられない。
「その『恰好いい男の人』がわからないんだよね。俺にとって恰好いい人は忠則さんしかいないから」
「本当に……?」
「うん。忠則さん以外の恰好いい人なんて世界中探してもいないよ」
よしよしと頭を撫でてくれて視界がじわりと滲む。泣くのは絶対に恰好悪いので零れ落ちそうなものをぐっと堪える。智可の言葉があまりに嬉しくて言葉が出てこない。
「大好きだよ。忠則さん」
なんと答えたらいいかわからないし、なにを答えても今の気持ちをそのまま伝えられない気がして口を開いたまま言葉が出せずにいると、智可が俺の頬を撫でるのでその手を握る。
「ベッド連れてっていい?」
ようやく出た言葉がそれで、「違うだろ」と自分に突っ込む。でも智可は頬を赤く染めて頷いてくれた。
「ごめん、智可」
「なにが?」
服を脱がせ合いながら謝ると、智可が不思議そうに首を傾げる。
「実はさっき、智可のこと少し疑った」
「え……?」
「恰好いい男の人を恰好よくないって言ったり、あんなにはっきりにやついていたのに気のせいだって言ったりするから、もしかしてなにかあるんじゃないかと思った」
せっかく世界一恰好いいと言ってくれたのにこんなことを言ったら幻滅されるかもしれないが、隠しておきたくなかった。俺は智可を疑った、そのことをきちんと話さなければいけないと思ったから正直に話す。
「そっか」
なんとも表現できない顔をして智可がゆっくりと瞬きをする。それから俺の肩に軽く噛みついた。
「忠則さんが悪い子だからお仕置き」
「これが?」
「そう」
「こんなに可愛いお仕置きならもっとして欲しい」
ねだるように智可の唇をなぞると、その指を甘噛みされた。可愛すぎる。
「もっとして?」
「お仕置きを欲しがるなんて変なの」
笑いながら俺の二の腕や首、耳朶を甘噛みしてくれる。智可の腰を抱き寄せて背筋をなぞると甘い吐息が漏れた。赤らんだ頬も潤んだ瞳も魅惑的で下半身が疼く。
「智可……」
耳もとで囁くと、ひとつ身震いしてそれだけで呼吸を乱す姿がいやらしい。唇を重ねて劣情に駆られるままに舌を絡めて吐息を呑み込む。肌を暴き、あちこちにキスを落とすと智可は身体を捩って俺の髪を撫でる。
「忠則さん……早く」
蕩けた声にまた腰が重くなる。余裕のある男でいたいのに、それができたことは一度もない。いつも智可にかき乱されて、気がつくと智可以上に俺のほうが熱くなっている。余裕があるふりさえできない。
可愛い秘蕾を丹念にほぐし、智可の弱いところを撫でる。快感に従順に乱れて酔う姿に恍惚としながら頬や額にキスを落とす。
「あ、あっ……んぅ……!」
唇へのキスを欲しがって瞼をおろす智可の目尻に唇を寄せる。耳と顎にもキスをして、唇をよけると不満そうに睨んでくるのがとても可愛い。ついまた焦らして頬にキスをすると両手で頬を包まれて智可のほうから唇を重ねた。
「忠則さんの意地悪」
「ごめんね。智可が可愛いから」
もう一度唇を押し当てて満足そうに笑む智可に覆いかぶさり、俺からも口づける。ほぐした蕾へ昂ぶりをあてがいゆっくり腰を進めた。
「智可の中、熱くて蕩けてる」
「……あ、ん……あ、っ……」
包み込む内壁の熱さに腰が砕けそうになる。智可の感覚を味わいたくて動かずにその表情を眺めていると、智可が腰を揺らす。それが「早く動いて」という意味だとわかってもまだ焦らしたい。可愛い智可をずっと見ていたい。
「忠則さん……いじめないで」
そう言われるともっといじめたくなるのは仕方がないことだと俺は思う。そのまま動かずにいると智可の両脚が俺の腰に絡んだ。
「動いて……」
ねちねちいじめる癖もなんとかしないといけない。せっかく智可が「世界一恰好いい」と言ってくれたのだから恰好いい男でいたい。
そんなふうに頭では考えても身体は欲望に正直で、優しく動こうと思ったのに深く貫いてしまった。引き攣った喘ぎにはっとしてももう遅い。
「ごめん……」
「ううん。びっくりしただけ。もっとして……?」
「……」
可愛くていやらしい誘いに理性は簡単に崩れる。熱い内襞を探り、快感を生み出すところを擦ると智可は仰け反って白濁を吐き出した。中が痙攣して昂ぶりを甘く包む。追いかけて達してしまいそうになるのを堪えて智可の息が整うのを待つ。
「忠則さん、好き」
耳もとで囁かれたら張り詰めた昂ぶりがさらに膨らんでしまう。智可の声を聞いているだけで背筋に快感が走り、身体が熱くなる。
「こんなに恰好いいのに、自分に自信がないなんて」
俺の頬に触れてくすくす笑う、あでやかな微笑みに胸が高鳴る。心臓が痛いくらいどきどきして頬が熱くなる。智可があまりに可愛すぎておかしくなりそうだ。
「ああ……っ!」
欲望のままに穿つと細い身体を震わせる。なめらかな肌もつややかで綺麗な黒髪も潤んで宝石のように輝く瞳も、智可のすべてを俺だけが知っている。他の誰にも触らせない。俺だけの智可。
智可の喘ぎが俺を高みへ昇らせる。甘い締めつけよりも、快感に浮かされた表情やせつない喘ぎが気持ちよくて、もっと啼かせたい衝動に駆られる。胸の尖りを口に含み、舌で潰しながら最奥を突くと智可が限界を訴えた。
「忠則さ……っ、ああっ、だめ、もういっちゃ……っ!」
背中にまわされた指先にきつく力がこもり、それが智可の受け取っている快楽の大きさだとわかってさらに興奮してしまう。限界まで俺を感じて欲しくて智可の両脚を肩にかけて一際深く貫き追い詰める。濡れた音もベッドの軋む音も、智可の肌がシーツに擦れる微細な音や髪の揺れる囁きのような音までが張り詰めた昂ぶりに熱を加え、速めた動きが止まらない。
「ああ……っ!」
「っ……」
達した智可の奥を探って智可の中で欲望が弾ける。コンドームを着けていてもこの瞬間は智可を汚しているような罪悪感と、愛おしい者に自分を注いでいる幸福感に満たされる。相反する思いは乱れた呼吸とともに吐き出され、智可に呑み込まれる。どこまでも智可の中に入っていけているようで恍惚とした陶酔感を覚える。
「……もっと恰好悪くなってくれていいのに」
「智可?」
また俺の肩に軽く噛みついて智可がぽつりと呟く。その意図がわからず、涙の残る瞳を覗き込むと、鼻をつままれた。
「忠則さんは恰好よすぎて困る」
「そんなこと言うのは智可だけだよ」
「なにしてても恰好いいなんて反則!」
ぺち、と俺の胸を叩いて頬を赤く染める。もう一度俺の胸を叩くので抱き寄せて唇を重ねた。
「なにしてても可愛い智可のほうが反則だよ」
「そんなこと言うのは忠則さんだけ」
額を合わせて、気まぐれに唇を啄みながら馬鹿な会話をする。なんて幸せなのだろう。
終わり
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