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婚約は突然に
「美雨。お前の婚約が決まった」
ある春の夜。父から一方的に告げられた言葉に、西城美雨は黙って頷いた。
元は純和風の座敷だったのを、十年前に洋風にリフォームした父の執務室には長椅子が置いてあって、美雨はそれに座っている。
「婚約、ですか。承知いたしました」
美雨は淡々と言い、執務室をぐるりと見回した。
壁際に据えられたサイドボードには各種ホテルアワードの受賞トロフィーが並べられ、父の座る執務机の背後には、今夏に竣工する新しいホテルのポスターが飾られている。上部に書かれた『西城ホテルグループ』の文字が誇らしげだ。
西城美雨は、国内大手ホテルチェーンである西城ホテルグループの社長の娘だった。
いわゆる社長令嬢である。そしてそういう立場に生まれたからには、政略結婚の覚悟はできている。
(——でも)
ちらり、と隣に座る人を見やる。美雨とよく似て、でも少しだけ大人びた横顔。長い黒髪も大きな二重瞼の目もそっくりな、姉の美波だ。並ぶと姉の方が凛々しくて、美雨の方がおっとりしているとよく言われる。
今もきな臭さを感じとっているのか、美波は美雨よりも硬い顔つきで父を見つめていた。でも美雨だって不思議だ。
なぜ美雨の婚約の話なのに、姉まで執務室に呼ばれたのか。
「それで、私はどなたと結婚すればよろしいでしょうか」
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