まだ好きでいてもいいですか?

1/6
前へ
/59ページ
次へ

まだ好きでいてもいいですか?

 連れて行かれたのは、水族館にほど近いラグジュアリーホテルだった。美雨には見覚えがある。西城ホテルの系列だ。従業員にまで美雨の顔は知られていないだろうものの、エントランスを通るときには胃が縮み上がった。  嶺人はロビーのソファに美雨を座らせ、フロントへ向かうとすぐにカードキーを手に戻ってきた。 「ロイヤルスイートを一室押さえた。今晩はここに泊まる」  そう言うと、美雨の返事も待たずにエレベーターで最上階まで上がる。  スイートフロアは臙脂色のふかふかの絨毯が敷かれており、重厚なドアが点々と佇む。そのうちの一つに嶺人がまっすぐ向かい、無言でドアを開けて目線だけで美雨に入るよう促した。 「え、えっと、失礼いたします……」  入室してすぐ、西城ホテルの誇るスイートルームの全容が飛び込んでくる。広々としたリビング、大きな窓の向こうにきらめく夜景、その奥にあるベッドルーム——。 「きゃっ!?」  けれど夜景を楽しむ暇もなく、美雨はベッドルームへ連行され、柔らかなベッドの上に放り投げられた。かろうじてここまで引きずってきた杖が、敷き詰められた絨毯にぽとんと落ちた。  混乱したまま起きあがろうとすれば、嶺人がのしかかってくる。乱れた前髪の奥の瞳はほの暗く光って、美雨だけを捉えていた。 「あの……っ」 「口答えは聞かないことにした」  このときを待っていたと言わんばかりに、嶺人が口づけを再開する。降り注ぐようなキスを受けて、美雨はすぐに溺れてしまった。甘く痺れた思考の端で、ずるいわ、と思う。こうされるとどうしても抗えない。  大人しくなった美雨に嶺人が満足げに笑う。ほんの少しだけ身を起こし、美雨の顔を見つめて邪魔な前髪を払った。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

837人が本棚に入れています
本棚に追加