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まだ好きでいてもいいですか?
連れて行かれたのは、水族館にほど近いラグジュアリーホテルだった。美雨には見覚えがある。西城ホテルの系列だ。従業員にまで美雨の顔は知られていないだろうものの、エントランスを通るときには胃が縮み上がった。
嶺人はロビーのソファに美雨を座らせ、フロントへ向かうとすぐにカードキーを手に戻ってきた。
「ロイヤルスイートを一室押さえた。今晩はここに泊まる」
そう言うと、美雨の返事も待たずにエレベーターで最上階まで上がる。
スイートフロアは臙脂色のふかふかの絨毯が敷かれており、重厚なドアが点々と佇む。そのうちの一つに嶺人がまっすぐ向かい、無言でドアを開けて目線だけで美雨に入るよう促した。
「え、えっと、失礼いたします……」
入室してすぐ、西城ホテルの誇るスイートルームの全容が飛び込んでくる。広々としたリビング、大きな窓の向こうにきらめく夜景、その奥にあるベッドルーム——。
「きゃっ!?」
けれど夜景を楽しむ暇もなく、美雨はベッドルームへ連行され、柔らかなベッドの上に放り投げられた。かろうじてここまで引きずってきた杖が、敷き詰められた絨毯にぽとんと落ちた。
混乱したまま起きあがろうとすれば、嶺人がのしかかってくる。乱れた前髪の奥の瞳はほの暗く光って、美雨だけを捉えていた。
「あの……っ」
「口答えは聞かないことにした」
このときを待っていたと言わんばかりに、嶺人が口づけを再開する。降り注ぐようなキスを受けて、美雨はすぐに溺れてしまった。甘く痺れた思考の端で、ずるいわ、と思う。こうされるとどうしても抗えない。
大人しくなった美雨に嶺人が満足げに笑う。ほんの少しだけ身を起こし、美雨の顔を見つめて邪魔な前髪を払った。
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