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「今晩はキスだけで済むと思ったら大間違いだからな。今まで散々俺を振り回してきたのは美雨の方だ。正直、傷ついたし落ち込んでいる。慰めてもらわないと割に合わない」
嶺人を仰ぎ見れば、確かに怒っているもののそれだけではないような気がした。精悍な眉は悲しげに下がっているし、むすっと引き結ばれた唇などはどちらかと言えば——。
(す、拗ねていらっしゃる……?)
絶大な権力を持った岬グループの御曹司に対して、子供扱いするのは失礼だ。それなのに、美雨はぱちぱちと瞬きをして見入ってしまった。
「どうして、ですか……?」
「何がだ」
「どうして、そんなに悲しそうな顔をしていらっしゃるんですか」
「誰がさせていると思っているんだ。俺をこんな風に狂わせるのは美雨くらいだぞ」
嶺人はぼやき、ふーっとため息をついた。長い指が美雨の目元に触れ、ついで頬から顎の輪郭を辿る。その爪がかすめる感触だけで身震いが走った。
「言っただろ、俺は美雨を愛している。それを……言うに事欠いて、美波と結婚しろだと」
話すうちに声に怒りが滲み始めて、美雨は焦る。前言撤回。やっぱりものすごく怒っている。
思わず「ええっと」と口ごもる。けれど彼と向き合わなくてはと覚悟を決め、ずっと胸底にこびりついていた疑問を差し出した。
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