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ソファに座る禿頭の老人がギロリと嶺人を睨み据える。嶺人はその前に立ったまま、軽く肩をすくめて返事とした。
「西城美雨だったか。西城ホテル社長の次女で——あの事故でお前を庇った娘だな」
「それが何か?」
フン、と源一が鼻を鳴らした。白い口髭がそよぐ。
「お前はいずれ岬グループを継ぐ男だ。だからこそもっと格式の高い家の女をあてがおうと考えていたのに、歩けもしない下賤の小娘を選ぶとは。責任を取れと泣きつかれたか?」
「いいえ。私は私の意思で彼女を選びました」
嶺人は笑みすら浮かべず平板に答える。源一のため息が部屋に重たく響いた。
「そうだと思った。お前は優秀な後継者だ。だが、だからこそ少しばかり強情で、儂の言いつけを聞かぬところがある。それは岬グループの跡継ぎとしては致命的だ」
「つまり?」
「生意気な答え方をやめよ。西城美雨とは離婚しろ。今頃、『不幸にも』どこぞの部屋で手篭めにされて傷物になっておるわ。儂がもっとふさわしい女を見繕ってやろう」
部屋には沈黙が広がる。船の駆動音だけがわずかに空気を揺らす中、く、と吐息のような音が落ちた。
嶺人の嘲笑だった。
「やはりそう動くと思いましたよ。——櫻井、入れ」
「嶺人、何を言っている!?」
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