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「誰が泣かすものか」
「え、えっと、私は本当に大丈夫なので……」
バチバチと火花を散らす二人を宥めて、美雨は嶺人と甲板に出る。ドレスの裾をはためかせる潮風が、火照った体に心地よかった。
「そうだ、嶺人さん。一つお見せしたいものがあるのですが」
「何だ?」
「えっと、少し離れたところに立っていただけますか。はい、その辺りで」
嶺人が美雨からほんの五歩ほど離れた位置に立つ。月明かりに照らされたその影を見とめ、美雨は深呼吸して杖を手放した。
「美雨!?」
「だ、大丈夫ですから! ほらっ!」
かなり危うい足取りだが、美雨は確かに、杖なしで二、三歩歩いた。嶺人が唖然と口を開けるのが面白くて、笑い声が弾ける。
「ふふっ、驚きましたか? 最近、少しずつ歩けるようになってきたんです」
「そうか……頑張ったんだな」
「はい。もうちょっといけそうです……きゃあっ」
急にびゅうと風が吹きつけて、美雨は危うく転びそうになった。「美雨っ」と嶺人が素早く駆けつけ、美雨を抱き留める。
「も、申し訳ありません、調子に乗りました」
「いや、怪我がなければそれでいい」
嶺人は優しく言って、美雨の頭を撫でる。それから感極まったように強く美雨を抱きすくめた。
「く、苦しいです。嶺人さん、何かございましたか?」
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