嘘だとは思えない話

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嘘だとは思えない話

「エイプリルフールって知ってる?」 争いが絶えない世界。 国家機密が詰め込まれた城の書庫で彼女は僕にそう聞いてきた。 聞いたことがない言葉に首を傾げる。 「えいぷり・・・何だって?」 「エイプリルフール。嘘をついても許される日のことだよ」 彼女は可笑しそうに笑う。 そんな子供だましのような話を少し信じたのだが、それ自体彼女の嘘なのかもしれない。 「ある特定の日だけ嘘をついてもいいの。でも数日引きずったりせず、ちゃんとネタバラシすることがルール。場所によっては午前中だけ、なんてルールを設けてる所もあるんだよ」 「なんだそれ」 「私に聞かれても困るよ。そういうものなんだから」 彼女は本棚から必要なファイルを抜き取りながら話を続ける。 「で、今日がちょうどエイプリルフールなの」 「へぇ~」 「だからここで1つ嘘をつきます」 そう言うと彼女はファイルの山を俺に押し付けてきた。 突拍子もない行動に驚いていると何故か少し距離を取られる。 「ルドゥーテ」 「…何だよ」 名前を呼ばれたため顔を上げると何故か逸らされる。 妙に緊張した彼女は少し言い淀んでから意を決したように息を吸って口を開いた。 「私、この世界の人間じゃないの」 震える声で、目に一杯の涙を溜めて彼女はそう言った。 その言葉に何も言えずに固まってしまう。 「元居た世界は全く違う世界。気づいたらここに居て、今も帰れないの」 「アメイ…」 「……アメイっていう名前は私の苗字。この世界では聞き馴染みない言葉だと思うけど、家族が引き継ぐ名前の一部みたいなものなの」 何を言っているか分からない。 それでも彼女は何かを必死に訴えていた。 「…ごめん。嘘だと思っていい。信じなくていい。だから、お願いだから今日だけは…、私のこと、名前で呼んで」 ぽろぽろと涙を零す彼女は苦しそうに顔を歪めていた。 彼女は一体何年苦しんでいたんだ。 完全に孤独な世界に投げ出されて、それでも生きるために必死で。 「……名前、教えてくれないか」 気づいたらそんなことを言っていた。 すると彼女は何度も頷いて小さく口を開いた。 「こよみ」 「…」 「私の名前は雨井 暦【あめい こよみ】っていうの」 押し付けられた書類を雑に床に置いてそのまま離された距離を詰める。 そのまま抱き締めれば力が抜けたようで彼女の体が傾いたため慌てて抱き留める。 「おい」 「もう無理。1人で生きるの、辛い」 「…こよみ」 名前を呼ぶと肩が跳ね上がる。 とりあえず落ち着くまで慰めるように「こよみ」と名前を呼び続けると次第に泣きつかれたようで彼女は眠ってしまった。
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