秘密の計算式 3

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      学習塾の玄関前で、子供を乗せた保護者の車が、次々に入ってきては、子供を降ろし去って行く。   「ありがとう。行ってきます」  市原彰人も然り。  丁寧にお辞儀をして、母の車を見送ると玄関に向かった。  彰人が塾に通い始めたのは春休みから。  今日で、3日目だ。  小学校の頃から彰人は、特に勉強をしなくても成績が良く、入塾は志望校を決めてからでも、間に合うと思っていた。  そも、そも、平凡が信条の彰人の両親は難関校受験に興味が無い。     それでも、彰人は退っ引きならない理由から塾に通うことを決めた。  クラスメイトの篠原が、曾根崎と同じ塾に通っているのだ。    情報をゲットしたのは、冬の頃。  篠原が友人を集めて自慢げに話していたのを、偶然聞いたのだ。 「学ぶん(まなぶん)って塾だと私服で、大人っぽいんだよね……」 (本人を前にして ‘学ぶん’ なんて呼べないくせに……影では、さも親密そうに話す。呆れたもんだ……ブス)    女子には、ありがちな虚勢だが、その時は、不快感から顔を顰めたて通りすぎた。    彰人でも、隣のクラスの曾根崎とは、廊下で擦れ違ったときに笑顔を見せ合うぐらい。  体育の授業で一緒になっても、わざわざ、話しかけたりはしない。  けれども……  もし仮に……  本当に、学ぶん、と呼んでいたら……    彰人は嫉妬と羨望で歯噛みした。    塾での子供は学校とは違い、私生活での別顔を晒す。  万が一、学校の皆に内緒で付き合っていたら……  曾根崎もノートに計算式を書いている、と言った。  彰人に、お仲間だとも、言った。    でも……  彰人は確かめるべく、入塾を決心したのだった。  個別指導でも、生徒は1つの教室で授業を受ける。  開始前は学校と同様で賑やかしい。  そして、教室に入ると、必ず篠原が彰人を、みとめて手を振ってくる。   「あっ、市原くん、ここ、ここ」  隣に座れ、と促すためだ。  クラスでは殆ど話したことがないのに、理解がし難い。    彰人は、本心を言えば迷惑。  けれども、性格上、人の行為は無視出来ない。  渋々ながら、隣の席に座るのだ。    勿論、曾根崎も彰人に気が付くと、学校同様、笑顔を向けてくれる。  だが、それだけだ。   「ほら、また……あの2人」  そう……  あの2人とは、曾根崎と彰人の知らない男子だ。  入塾以来、気になっているのだが、随分と仲が良い。 「同じ、スイミングスクールらしいよ」 「へ~」 (スイミングスクールか……)  彰人はスイミングスクールにも通いたい。  そして、授業開始。  最初にテストが配られ、採点、次第に、皆が勉強に集中しだす。    個別指導の先生は大学生らしいが、彰人には大人は皆、同じに見える。  それでも、指導は丁寧で、今の所、学習塾自体には不満は無い。   「終わったね」  篠原がノートを閉じる。  女の子らしいサンリオのキャラクタのノートだ。  彰人はチラチと目を向けた。 「えっ?」 【(42÷2)×6×3×5%=18.9】  思わず凝視してしまう。  表紙に書かれているのは…… 「これ?うん、特進クラスに入れる人数の計算式だよ。曾根崎君も書いているんだよ。お仲間なんだ」   学習塾の授業はPM6時50分から、2限。  途中で10分の休憩が入り、終わるのはPM9時40分。  彰人は、ただ、空腹を感じた。      
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