地球の文化

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 エイプリルフール当日。ヨモノクスハミは地球人にこう告げた。 「ワレワレは地球を諦めよう」  これには世界が歓喜した。むせび泣く者、嬉しさのあまり気絶する者、嘔吐する者、踊り狂う者。様々である。   琴葉は地球の救世主となった。とは言え、琴葉の正体は明かされていない。外見どころか名前や性別、国籍すら謎に包まれたまま、世界はまだ見ぬ救世主を祀り上げた。   宴が開かれた。パーティーが開かれた。祭りが開かれ、救世主を神と崇める宗教が立ち上がった。  まさに狂喜乱舞の世界を、上位種なる宇宙人達は冷ややかに眺めていた。  哀れなイキモノよ。どうせワレラに侵略されるというに。  それでも彼等の邪魔はせず、一日きちんと待ってやった。  そして翌日。四月二日。真実を伝えるときがきた。  ヨモノクスハミは再び地上に降り立ち、さぁ侵略を開始しようと歩き始める。  そのとき、琴葉が現れた。 「こんにちは。昨日はありがとうございました」 「カマワナイ。これから侵略するのだから」 「えっ? でも昨日、侵略は諦めたって言ったじゃないですか」 「それはオマエが頼んだのだろう。エイプリルフールの嘘だ」  よもやこのニンゲン、程度の低い誤魔化しでワレワレを帰そうと言うのか。  さすがにこれにはカチンときて、温和なヨモノクスハミも地面を割りそうになった。 「はい。お願いしました。ところで宇宙人さん。ここはどこだか知っていますか?」 「地球だ」 「そうではなく、国の名前です。ここはイギリスですよね」  イギリス。ああ、確かにそんな名前だった。  ヨモノクスハミは頷き、だからどうしたと言ってやった。 「イギリスで嘘をついていいのは午前までなんです。午後にはネタばらしをするものなんですよ」  なに、とヨモノクスハミは声をあげた。  そんなことは知らない。すかさず頭部にて宇宙コミュニティにアクセスし、琴葉の言葉が真実か探った。  調べた結果、確かに信憑性が高い話だった。イギリスでは、嘘をついていいのは午前だけらしい。  しかし、しかしだ。 「オマエはそのことを説明しなかった。これはサギだ。ハンザイだ」  琴葉は首を振り、詐欺ではありませんときっぱり答える。 「ここは地球です。まだあなた達に支配されていないのです。そしてあなた達は、地球の文化に(のっと)って、ルールに則って、嘘をついたのです」  ムウッと唸る。なんだかこのコムスメ(先ほどコミュニティで見つけた呼称(こしょう)だ)の言っていることが、至極まっとうに思えてきたのだ。 「これで地球を支配すると言うのなら、それこそ詐欺です。犯罪です」  犯罪者とは、この星で地位の低い者達の呼び名だ。まさかそんな風に言われるとは思ってもいなかったヨモノクスハミは、大いに狼狽(うろた)えた。 「なにを言う。なにを言う」  銀色の顔からカッカッと湯気が立ち、みるみる内に金色へと変色する。 「ワレワレを何だと思っている」 「人間より遥かに上位の存在です。もちろん、これから支配する下等種族の文化など、知り尽くしているとばかり」 「アタリマエだ!」  とうとうヨモノクスハミは認めてしまった。  地球を諦めると、改めて宣言したのである。
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